マスクをしまう昼
真壁千景は、食べ終える前からマスクを持っている。
丸い鼻が嫌いだった。横顔になると鼻先が低く見え、笑えば小鼻が広がる。流行病が落ち着いてからも、千景は「花粉だから」「喉が弱いから」と理由を継ぎ足し、会社では昼食の一口目まで外さなかった。
集合写真ではマスクを外す直前まで鼻を押さえ、撮影後は誰より早く着けた。表情より、鼻が何秒さらされていたかを覚えている。理由を尋ねられないことが、かえって習慣を長持ちさせた。
食べ終えると、まだ口に味が残っていてもすぐ着ける。夏のマスクの内側は湿り、鼻の脇に赤い吹き出物が増えた。それを隠すため、また外せなくなった。
七月のある日、社内食堂が点検で閉まり、部署の数人はビル裏の広場で弁当を食べた。日陰のベンチにも熱が残っている。千景は端に座り、最後までマスクを外さずにいた。
蓋を開けると、生姜焼きの湯気がレンズを曇らせた。耳のゴムを外し、いつものように左手へ握る。急いで食べれば、顔を出す時間を短くできる。
二口目で、頬を汗が流れた。握ったマスクは手の中で丸まり、内側まで濡れていく。これをまた鼻に貼りつけるところを想像すると、皮膚が先に痛んだ。
千景は箸を置いた。
新しいマスクは鞄にある。取り替えて、食べ終わるまで手に持つこともできる。けれど千景は、濡れた一枚を小さな袋へ入れ、新しい方は出さなかった。
隣では誰かが午後の会議室の話をしていた。向かいの人は梅干しを最後に残している。千景の鼻について、誰も何も言わない。見ていないのか、見ても話題にしないのかは分からなかった。
弁当を食べ終えても、千景はすぐ立たなかった。麦茶を飲み、唇についた雫を指で拭う。風が鼻の下を通る感覚は、久しぶりだった。
話の輪に入るほど勇気は出なかったので、千景は空になった容器の輪ゴムをまとめた。誰かがごみ袋を広げ、そこへ入れる。その小さな役目をしている間、顔を覆う手は必要なかった。
昼休みの終わりを知らせるアラームが鳴る。
千景は新しいマスクを鞄の底に入れたまま、建物へ戻った。自動扉のガラスに顔が映ったが、鼻より先に社員証を探した。