レベル一の守護者
八神コハクの大剣が守護者オルディナを斬るたび、彼自身の経験値が流れ出した。
《守護者戦》
対象へのダメージは0。
与えるはずだった経験値を、攻撃者から対象へ移します。
《コハク Lv86→82》
《オルディナ Lv0→0》
誰も倒せないボスとして、千人が挑み、何年分ものレベルを失った。オルディナは玉座の前で無言のまま攻撃を受け続ける。HPバーすらない。
「一斉攻撃だ!」
攻略長が号令を出す。コハクは剣を止め、彼女のステータスを見た。経験値は確かに増えているのに、レベルアップ直前で毎回ゼロへ戻されている。
玉座の銘板に小さな説明があった。
《NPCはレベルを持たない》
なら攻撃のたびに流れた経験値は、どこへ消えた。
コハクは仲間の攻撃を盾で遮り、自分だけがオルディナを斬った。レベル八十二、七十、五十。経験値が彼女へ注がれるたび、無表情だった唇がわずかに動く。
「やめ……て」
初めて声が出た。
「もう少しだ」
「私は、あなたが消えることを望んでいない」
それはボスの降伏台詞ではない。自分を育てるために他人が失われるのを拒む言葉だった。
コハクは最後の経験値を渡す。レベル一からゼロへ落ち、装備がすべて外れた。同時に、オルディナの頭上へ初めて数字が現れる。
《Lv1》
彼女は剣を拾わず、裸足で玉座を降りた。
攻略長の攻撃指定が外れる。レベルを持った瞬間、システムが彼女をNPCとして扱えなくなったのだ。
オルディナは倒れたコハクを抱き起こす。
「次は、私が経験を返します」
《レイド「無名守護者討伐」失敗》
《経験値受領により対象がレベル1へ到達》
周囲のプレイヤーが経験値を差し出そうと武器を構えると、オルディナは後ずさった。
「もう、攻撃でしか与えられない成長はいりません」
彼女はコハクの初心者用短剣を拾い、倒れた兵を介抱する。経験値欄には戦闘以外の行動が初めて記録され、細いゲージが自分の力で増え始めた。
《プレイヤー登録を開始します――敗北したのは守護者ではなく、成長できないという定義です》