一人用の食卓
家具店の閉店放送が流れる中、峰岸紘は一人用の丸テーブルを指さした。
「これでいい」
千種実景は値札を見た。直径六十センチ。椅子を二脚置けば、膝がぶつかる大きさだった。
紘の前の結婚は、家に帰らないことが原因で終わった。仕事を優先し、食卓の料理を何度も冷ました。それ以来、彼は「一人が楽」と言う。実景と会うようになっても、泊まらない、合鍵を渡さない、先の約束をしない。そのルールを守れば隣にいられた。
実景は紘が好きだった。けれど好きと言えば、「何も求めない女」という役を引き受けることになる気がした。彼に負担をかけないために、寂しくないふりを続ける恋は選べなかった。
実景は紘の部屋で、何度も冷めた惣菜を膝に載せて食べた。彼が遅く帰っても責めず、泊まりたいとも言わず、聞き分けのよさを積み上げた。紘が安心するほど、自分の輪郭が薄くなる。好きだと言えないのは、告白した瞬間、その我慢まで愛情として肯定されそうだったからだ。
「本当にそれ買うの?」
「一人が楽だから」
「私はどこで食べるの」
「実景が来た日は、ソファでいいだろ」
冗談のつもりだったらしい。実景は笑わなかった。
「じゃあ、もう行かない」
紘が購入票を持ったまま固まった。レジ受付終了まで七分。店員が遠くから「ご注文はお早めに」と声をかける。
「テーブルのことで怒ってる?」
「テーブルのことだけなら楽だった」
「俺は期待させたくないんだ。結婚も同居も、また失敗する」
「だから私に、期待しない恋人でいろってこと?」
細い展示通路で、二人の間に一人用の食卓があった。
紘は購入票を伏せた。
「一人が楽、って言っておけば、誰にも失望されないと思ってた」
実景は隣に展示された伸長式テーブルを見た。普段は一人用で、天板を引けば二人分になる。
「楽じゃなくていい」
同じ言葉を反対向きに言った。
「でも、私を小さく畳んで置かないで」
閉店時刻になり、店員がレジの札を裏返した。紘は丸テーブルの購入票を戻し、伸長式の在庫取り置き票に名前を書く。
実景は二脚目の椅子を買わなかった。ただ、その品番だけをスマートフォンで撮り、削除せずに残した。