一声で軍勢を退けた男
国境の丘で、伝令兵パルネ・アヴィスは敵軍一万を見下ろしていた。
味方は百人。逃げ道もない。
隊長が言った。
「せめて最後に、威勢よく叫べ」
パルネは震える膝を隠し、腹の底から叫んだ。
「帰れえええ!」
直後、敵軍が一斉に向きを変え、谷の向こうへ退き始めた。
味方は歓声を上げた。
「言葉だけで一万を!」
「声に覇気が乗っていた!」
パルネは自分の喉を触った。
「俺にも、ただの声ではない気がした」
「どんな力です?」
「王者の周波数だ」
「初めて聞く魔法です」
「今、発見されたからな」
王都へ戻ると、国王が自ら迎えた。
「最強の咆哮使いよ、褒美を申せ」
「静かな家を」
「力ある者ほど静寂を求めるのだな」
本当は近所の犬が苦手なだけだった。
軍議では将軍たちが地図を広げた。
「次は東の要塞へ向けて叫んでいただく」
「距離は?」
「二十里」
「声が届かない」
「最強なら届く」
「最強にも音速という都合が」
「では魔法で増幅します」
「自分の力だけで退けたという伝説が薄くなる」
「謙虚さから支援を断るとは!」
話はどんどん大きくなった。
「海賊船にも効く?」
「海上は声が通る」
「魔物には?」
「言葉を理解しなくても魂が理解する」
「外交交渉では?」
「敵国の王へ“帰れ”と?」
「会談が始まる前に終わります」
翌日、公開実演が行われた。訓練場の向こうに、降伏勧告を無視する山賊団が並ぶ。
パルネは群衆へ手を振った。
「耳を塞いでおけ。味方まで帰りたくなる」
彼は息を吸い込む。
「帰れえええ!」
山賊は動かない。
もう一度叫ぶ。山賊の頭領が耳へ手を当てた。
「何だって?」
将軍が困った。
「昨日より小さいのでは」
「昨日は追い風だった」
「王者の周波数は風任せですか」
そこへ国境から騎馬兵が到着した。
「昨日の敵軍撤退の理由が判明しました! 敵本陣で退却の角笛が鳴ったそうです」
パルネが尋ねた。
「俺が叫んだ直後に?」
「はい。あなたの背後で味方の楽士が、笛を取り違えて吹きました」
楽士が頭を下げた。
最強だったのは、敵軍の命令遵守だった。