一日八百十二円

家計簿アプリは、亜希の残り予算を一日八百十二円と表示した。

給料日まで七日。画面の下には「順調です」という緑色の文字がある。順調なのだろうか。八百十二円で朝と昼と夜を食べ、洗剤を買い、切れかけた目薬も買う生活が。

亜希はローテーブルの上にレシートを並べた。ドラッグストア千九百八十円、スーパー二千三百四十六円、駅のカフェ五百二十円。カフェの一枚だけ、日付を見なくても思い出せた。仕事でミスをした日、家へ帰りたくなくて一時間座った。

「あれがなければ」と考えたところで、胸が重くなる。

カフェに行かなければ五百二十円残った。でも、あの日すぐ家に帰っていたら、部屋でずっと泣いていた気もする。温かいカフェラテを両手で持ち、隣の席の人がパソコンを閉じる音を聞いているうちに、なんとか夕飯を買って帰れた。

亜希はレシートを丸めかけ、伸ばした。責める証拠ではなく、その日を通過した記録だと思えば、捨て方も変わる。

台所で米を一合研ぐ。冷蔵庫には油揚げと長ねぎがある。味噌汁を作れば、明日の朝も飲める。目薬はまだ三日は持ちそうだ。洗剤は詰め替え袋に水を入れて薄めるのではなく、買う。そこは削らないことにした。

家計簿アプリを開き、予備費の欄から千円を生活費へ移した。予備費は、旅行や急な飲み会のために残していたお金だ。生活に使うと負けたような気がして、触れずにいた。

表示は一日九百五十五円に変わった。

たった百四十三円増えただけなのに、数字の圧が少し弱くなる。予備費は非常事態のためだけではない。目薬が切れそうで、夕飯を考えるのに疲れた今夜だって、十分に予備費の出番だった。

亜希は味噌汁を二杯分よそい、一杯を保存容器に入れた。アプリの「順調です」はまだ信用できない。

それでも、自分でつけ直した九百五十五円なら、少しだけ味方に見えた。

米が炊けるまで、亜希はレシートの束を日付順に並べるのをやめ、箱へまとめて入れた。精算は週末でいい。数字を把握することと、数字に見張られることは違う。

味噌汁のねぎを少し多めに入れた。予算内かどうかより、湯気が目にしみるほど温かいことを先に確かめた。