一枚のハムカツ
箕浦航平は、大学時代の友人から届いた結婚式の招待状を、三日間机の引き出しに入れていた。
行きたくないわけではない。むしろ、誰より祝いたかった。就職が決まらず落ち込んでいたころ、夜中まで履歴書を直してくれた友人だった。だからこそ、金の話で距離を置く自分が情けなかった。けれど今月は家賃の更新と奨学金の返済が重なり、カードの利用額は給料日を待たずに限界へ近づいている。交通費、ご祝儀、二次会。計算するたび、祝う気持ちに値札が貼られるようだった。
残業で遅くなった夜、航平は古い居酒屋へ入った。財布の中身を確かめてから、壁の短冊で一番安いハムカツを一枚だけ頼んだ。店には彼しかいなかった。
油へ落とされた衣が、ざあっと明るい音を立てた。揚がったハムカツからはパン粉と油の匂いが立ち、二つに切られた断面の薄い桃色から湯気がにじんだ。
衣は粗く、噛むと耳の近くでさくりと砕けた。中のハムは思ったより厚く、塩気が強い。
「一枚だけでも、ちゃんと腹に来ますね」
航平が言うと、店主は伝票へ短い線を引いた。
「一枚ぶんは、一枚ぶんです」
足りるとも、足りないとも言わない言葉だった。
航平は招待への返信画面を開いた。これまで、金がないと知られることを「みっともない」と思っていた。だから欠席の理由に休日出勤を使おうとしていた。だが、嘘をつけば、友人は仕事を恨み、航平は祝えなかった自分を恨む。
明日、本人へ電話しよう。式には出たい。ただ、二次会は欠席させてほしい。交通費を抑えるため早割を探し、ご祝儀は見栄で増やさない。それで関係が変わる友人なら、別の痛みとして受け取るしかない。
来月の返済が軽くなるわけではない。電話で声が震えれば、友人に余計な気を遣わせるかもしれない。それでも、欠席の嘘よりは二人の間に残るものが少ない。式の日までに急な出費が増えるかもしれない。
最後の半分をゆっくり噛むと、衣の熱は少し落ち着き、ハムの塩気だけが舌に残った。一枚ぶんの満腹は小さかったが、空腹の形を隠さないぶん、妙に確かだった。