一番働いた者の古鍵
迷宮都市の裏通りで、グラシアは古道具店〈鍵なし戸棚〉を営んでいた。
店名どおり、棚には鍵穴の形すら合わない鍵が何十本もある。冒険者たちは「宝箱を開けられない鍵に価値はない」と鼻で笑い、隣の魔道具屋は空き店舗になる日を待っていた。グラシアは、そのたび鍵の錆を落としながら、開けるべきものが来ていないだけだと答えた。
その日、荷運び人ヘルドが巨大な黒箱を引きずってきた。
「二十層の攻略報酬だ。隊長が開けられず、呪われた箱だと言って俺に捨てさせた」
箱は半年にわたり、彼が背負って運んだものだった。だが攻略隊は、戦えない荷運び人に報酬の権利はないと言い、賃金まで未払いのまま解散したという。
「開けたら、中身を全部くれる」
「口約束ですか」
「皆の署名入りだ」
ヘルドは皺だらけの覚書を出した。そこには確かに「廃棄物の所有権は処分者へ移る」とある。
グラシアは歯が一本欠けた黒鉄の鍵を選んだ。
「この鍵は鍵穴を探しません。閉じた物に最も多く手をかけた者を、持ち主として認めさせます」
「俺は戦っていない」
「箱を落とさず二十層運んだのでしょう」
ヘルドが鍵を箱の蓋へ当てる。鍵穴のない表面に光の穴が生まれ、重い音とともに開いた。
中にあったのは金貨ではない。攻略中に箱が記録した働きの一覧だった。剣士の討伐数、魔術師の詠唱回数、そしてヘルドの運搬距離、救助回数、補給回数。最後には《最大貢献者・ヘルド》と刻まれ、彼の手にだけ反応する報酬庫が現れた。
金貨と希少鉱石が、店の床を明るく照らす。
「迷宮は、見ていたのか」
「人が数えなかった働きまで」
ヘルドは未払い賃金だけを取り分け、鍵の代金として大粒の魔晶石を置いた。
「残りは仲間の働きに応じて渡す。ただし隊長には、俺が運んだ距離を一歩ずつ読ませてからだ」
笑った顔には、もう卑屈さがなかった。
黒箱を軽々と担いだヘルドが出ていく。グラシアが初めて「売約済」の札を鍵棚へ掛けると、二度目のドアベルが鳴った。