一社だけの五社見積
公的アクセラレーターの投資審査で、栗生沢廉は補助金監査を請け負う若手スタッフだった。候補企業「ミニットファーム」は、植物工場の設備費を五社競争で一億八千万円まで下げたと報告している。
設備投資の半額は公的資金。五通の見積書には別々の会社名、担当者、社印があり、最安値の業者が選ばれていた。
廉はPDFの作成情報を一覧にした。五通すべて、作成端末はMF-CEO-PC。ミニットファーム創業者のノートパソコン名だった。
創業者は、各社の見積を受け取り、体裁だけ統一したと説明した。
廉は原本メールの提出を求めた。届いたのは五社分の印刷PDFだけ。送信記録は消えたという。そこで見積番号を各社へ照会すると、四社は存在を否定した。残る一社は創業者の叔父が経営し、実際の仕入価格は九千万円だった。
五通の社印にも同じ特徴があった。赤い円の左下に、黒い埃が一つ。別会社の印鑑を押したのではなく、一つの画像へ会社名だけ重ねている。
審査委員は、設備そのものが九千万円で入るなら、事業性に問題はないと言った。
廉は投資契約の資金使途表を示した。差額九千万円は「設置調整費」として叔父の会社へ支払われ、翌日、創業者個人の借入返済口座へ移る予定だった。振込予約の時刻と口座末尾も残っている。
監査会社の上司は、廉に「疑義」とだけ書き、断定するなと命じた。
廉は五通を横一列に並べた。
「競争した五社ではなく、名前を着替えた一社です」
廉は五社の見積書に記載された担当者へも電話した。二人は実在せず、二人は別部署の社員で見積権限がなく、叔父の会社の担当者だけが「創業者から完成済みPDFへ印を置くよう頼まれた」と認めた。五社の競争は、電話一本で一社へ縮んだ。
見積書の有効期限も五通すべて同じ誤字で「三十ケ日」となっていた。独立した業者が偶然そろえるには、不自然すぎる癖だった。
理事長は公印をケースへ戻し、振込予約の凍結を指示した。一つの黒い埃が、九千万円の差額と十億円の投資を同時に止めた。