七分間のアンコール

宍戸真菰が壁のデジタル時計を見た。

残り七分。受付でもらった伝票には、バンド名の横に赤字で〈最終利用〉と印字されている。真菰はそれを譜面台へ立て、今日だけのセットリストにした。

再開発で取り壊される貸しスタジオは、今夜零時に電源を落とす。三人組〈メトロノームズ〉に与えられた最後の枠は、二十三時五十三分からの七分間だけだった。

「二曲は無理」と牧瀬海里。

「一曲を倍速」と鷹取慎。

「それ、別の曲になる」

真菰はキーボードの音色をピアノに固定した。来月から豪華客船のラウンジで弾く。海里は市立図書館の司書補。慎は手首の故障でドラムを諦め、音響会社へ入る。

「船、半年戻らないんだっけ」

「戻っても三日だけ」

「図書館は土日勤務」

「音響は夜勤」

慎が笑う。

「見事に予定が合わない」

「今までだって合わなかったよ。だから深夜枠」

残り五分。

選んだのは、演奏時間四分四十秒の曲だった。真菰のイントロに、海里のギターが重なり、慎が左手をかばいながらスティックを落とす。痛みを隠すため、彼はフィルを減らした。その空白を真菰が和音で埋め、海里がいつもより長く音を伸ばす。

残り一分。

最後のサビを終えたところで、慎が叫んだ。

「アンコール!」

「客いないよ」

「俺が客」

海里が冒頭のリフを弾き、真菰が笑いながら追う。慎は机を叩くような軽い音でカウントした。

零時。スタジオ全体の電源が落ちた。

ギターアンプも、キーボードも、時計の赤い数字も一斉に消える。慎のスティックだけが暗闇で二回、三回と床を叩いた。

「船では、この曲弾かないでね」と海里。

「図書館で鼻歌うたわないで」

「現場で流したら追加料金取る」

見えないまま三人は笑った。

非常灯が点くと、海里はギターケースを背負い、真菰は譜面を抱えた。慎はドラム椅子から立ったが、スティックは拾わなかった。

外へ出る直前、真菰が時計を見る。表示は消えたまま、七分前の時刻で止まっていた。

部屋には椅子と二本のスティックが残り、誰もいないアンコールだけが、電源の切れた壁に続いていた。