三億円の入金予定

角南吾郎の銀行口座に、二年後の入金通知が届いた。

〈入金予定額 三億円〉

差出人欄は伏せられていた。吾郎は宝くじだと思った。

翌日から毎週くじを買い、当選者の統計を調べ、縁起のよい売り場へ遠征した。二年後には返せると言って、車を買い替え、会社を辞めた。妻が止めても、未来の残高を見せれば黙ると思った。

「お金が入ることと、あなたが正しいことは別でしょう」

妻は息子を連れて実家へ移った。

吾郎は一人で当選を待った。退職金は半年で尽き、車の支払いだけが残った。昔の同僚から倉庫の短期仕事を紹介されても、『もうすぐ三億ある』と断った。コンビニの弁当を食べながら高級住宅の広告を眺め、息子の運動会の日にも遠方の売り場へくじを買いに行った。未来の金は、まだ一円もないのに、現在の家族より重くなっていた。入金日の一週間前、通知の伏せ字が解除された。

〈支払元 家族傷害保険〉

契約一覧を開くと、妻と息子にかけられた保険の合計が、ちょうど三億円だった。入金予定日は、二人が北海道旅行から帰る翌日だった。

吾郎は吐いた。電話をかけたが、妻は出ない。何十通も送った末、保険の通知だけを添付した。妻から返ったのは、短い文だった。

〈信じたわけじゃない。でも、あのバスはやめる〉

旅行先で予約していた観光バスは、その朝、凍結した橋から転落した。二人は駅の待合室で事故の速報を見た。

同時刻、吾郎の端末から三億円の通知が消えた。

金は残らなかった。借金と、売れにくい車と、壊れた信用だけが残った。吾郎は再就職し、毎月決まった額を返した。妻と息子が家へ戻るまで三年かかった。

ある給料日、口座に〈入金 三十二万四千円〉と表示された。未来からではなく、今月働いた分だった。

吾郎は画面を妻に見せた。

「少ないな」と自分で言うと、妻は「でも、誰も死んでない」と答えた。

三億円の通知は、吾郎を一度、未来の金持ちにした。そこから普通の給料をありがたいと思える人間へ戻るまで、ずいぶん高い利息を払った。