三分で戻る白い麺
山向こうの銀鉱では、冬になると生麺が届かなかった。
峠を越える二日の間に酸っぱくなり、鉱夫は固い黒パンばかり食べている。
先月は荷車三台分が峠の麓で廃棄され、代金だけ鉱山へ請求された。鉱夫たちは麺屋の看板を見るたび石を投げ、店の契約は今日で打ち切られる予定だった。
麺屋の親方グレンツは、異世界から来た久住茜を笑った。
「女一人の知恵で、峠が短くなるものか」
茜は峠を変えなかった。
打った麺をいつもの半分まで細く切り、長さも揃える。表面の粉を払い、互いに触れないよう竹竿へ一本ずつ掛けた。厨房の熱い壁際ではなく、風の通る二階へ運ぶ。
親方は早く乾かそうと炉の前へ置いた束を持ち出したが、表面だけ割れ、中はまだ湿っていた。茜はそれを試験から外した。
翌朝、白い麺は軽く硬くなり、曲げれば乾いた音で折れた。
グレンツは首を振る。
「死んだ麺だ。そんな棒に銀貨を払う者はいない」
契約打ち切りのため来ていた鉱山主も腕を組む。
茜は沸騰した湯へ一束入れ、砂時計を返した。塩も油も加えず、ただ湯の中で解した。
三分後、湯から上げる。麺は再び白くしなり、噛めば芯だけにわずかな弾力が残った。小麦の匂いも、生麺と変わらない。
鉱山主が試食し、次に袋を持ち上げた。
生麺百食分なら木箱と冷却石で荷車一台だったが、乾麺なら同じ百食が背負い籠二つ。箱の底に溜まる酸っぱい汁も、腐敗した分の払い戻しも要らない。
運び屋がその場で峠越えの荷賃を計算し、従来の五分の一と告げた。
茜は二十日前に干した麺も茹でた。三分。味も匂いも同じだった。
「これなら吹雪で三日足止めされても食える」
鉱山主が呟くと、付き添いの鉱夫が丼を抱えて汁まで飲み干した。
彼は去年、腐った麺を食べて一週間寝込んだ男だった。その男が空の丼を差し出し、「冬にもこれが来るのか」と訊いた。
黒パンしかない冬に、温かい麺が戻る。その事実だけで、店先にいた運び屋たちが袋の予約を始めた。
グレンツは親方印を茜の作業台へ置く。
「銀鉱だけでは足りん。北の三鉱山分、月に六千束だ」
茜が頷くより先に、竹竿を増やす大工への注文が決まった。