三分間、二十年後
八角玲央は、二十三歳の誕生日をコンビニ弁当で祝っていた。
小説家を目指して上京して三年。新人賞は六回落ち、アルバイト先では店長に「夢より家賃を見ろ」と言われた。
共同アパートの電子レンジには、手書きの注意書きが貼られている。
《年齢を入力して「未来」を押すと、その年齢の自分と三分だけ話せます》
悪戯だと思いながら、玲央は「四」「三」と押した。二十年後の自分が見たかった。
最後に、見慣れない「未来」ボタンを押す。表示が《三分》へ変わった。
レンジのガラスの向こうが、別の台所になった。
腹の出た男が、菜箸を持って立っている。玲央と同じ眉で、額には小麦粉がついていた。
「遅い。卵買った?」
「誰に言ってるんだ」
「二十三歳の俺。帰りに卵を買わないから、二十年後まで忘れ癖が治らない」
未来の玲央の背後で、子どもの声がした。
棚には自分の名前が入った本が三冊並んでいた。どれも背表紙が日に焼け、一冊には油染みがある。玲央が想像していた豪華な書斎ではなかったが、誰かが何度も開いた本の傷み方だった。
「お父さん、焦げてる!」
男は慌てて鍋を混ぜた。
「結婚してるのか」
「質問の順番が浅い」
「小説は? 売れた?」
未来の玲央は、菜箸を止めた。
「三冊」
「三冊だけ?」
「お前が今日までに書いたのはゼロ冊だ」
「受賞は」
「一回。二作目は二千部。三作目は絶版」
玲央は弁当を見た。夢の未来にしては地味すぎる。
「じゃあ、その格好は」
「弁当屋。昼は店、夜は書く。今日は娘の誕生日で、オムライスを焦がしてる」
「それで幸せ?」
未来の玲央は答えず、焦げた卵を皿へ滑らせた。背後から小さな手が伸び、ケチャップで不格好な花を描く。
男はそれを見て笑った。
「幸せかどうか、毎日採点するのをやめた」
残り時間は十秒。
「夢を諦めたくない」
「諦めるな。生活も諦めるな。両方しつこくやれ」
「具体的には?」
「まず卵」
電子音が鳴り、未来の台所は消えた。
レンジから出した弁当は、中央だけ冷たかった。
玲央はそれを食べ、机へ向かった。落選作の冒頭を直し始める。
午前一時、買い物へ出た。
卵を一パック持ってレジに並び、ついでに二冊目のノートも買った。