三十歳の名札

小暮千紗が内定先から受け取った名札には、名前しか印刷されていなかった。

今の会社の名札には「営業企画 主任」とある。三十歳を前にようやく付いた肩書きだ。一方、転職先では未経験のデータ分析職。同期になるのは二十二歳から二十五歳が中心で、研修も新人と同じところから始まる。

返答期限の夜、千紗は二枚の名札を食卓に並べた。

主任の名札は、残業と失敗と、何度も作り直した提案書の重さを持っている。名前だけの名札は薄く、頼りない。これを首から下げたら、積み上げた八年を捨てたように見えるかもしれない。

内定先の人事から届いた申込フォームには、研修参加の確認欄があった。

〈基礎研修からの受講を希望する〉

チェックを入れれば、年下の講師に初歩から教わる。分からないと手を挙げる。元主任なのに、と誰かに思われるかもしれない。

千紗は今の職場で、知らないことを知らないと言えなくなっていた。肩書きが増えるほど質問は減り、得意ではない仕事を「できます」と引き受けた。名札を守るために、自分の興味を後回しにしてきた。

三十歳は、何者かになっている年齢だと思っていた。けれど、何者かであることを証明し続けるうちに、なりたいものから遠ざかることもある。

先月、後輩から新しい分析ツールの使い方を聞かれ、千紗は知ったふりで話をそらした。その夜に一人で調べても、翌日には質問された事実ごと忘れた顔をした。肩書きは評価の証しであると同時に、間違える自分を隠す壁にもなっていた。

千紗は研修希望にチェックを入れた。内定承諾の欄にも署名する。胸が高鳴るより、恥ずかしさが先に立った。

翌朝、主任の名札を首に掛けて出社した。退職日まで、その役割を投げ出すつもりはない。引き継ぎ資料を開き、最初のページに今日の日付を書いた。

鞄の内ポケットには、名前だけの名札を入れてある。

千紗はそれをお守りにはしなかった。次の職場で分からないと言うたび、自分で選んだ初心者であることを思い出すための札にした。