三本線の制服
榊原瑛里のベッドに、紺色の客室乗務員用スーツが広げられていた。
本物ではない。母が就職写真のために借りてきた撮影用の制服だった。袖に三本の金線が入り、胸元には翼の形のブローチがある。
「明日、これで写真を撮ればいいでしょう」
母は鏡の前で襟を整えた。
瑛里は机の上に、自分が受けた航空整備会社の二次面接案内を置いた。
「応募したのは整備職だよ」
「同じ航空会社なら、表に立つほうがいいじゃない。あなた、背もあるし」
母は瑛里が小学生のころから、空港へ行くたび制服の女性を指した。「ああいう仕事なら自慢できる」と言った。飛行機の構造を見ていた瑛里の横顔には気づかなかった。
母が送ってきた航空会社の採用ページには、笑顔の見本へ丸がついていた。瑛里が保存した整備マニュアルのページには、母から一度も印がつかなかった。
「面接は作業着で実技もある」
「油まみれになる仕事を、わざわざ女の子が?」
瑛里は借用票を確認した。返却期限は明日の正午。箱へ制服を畳み、ブローチを小袋へ戻す。
「私の進路を、見栄えで選ばないで」
「あなたのためを思って言ってるの」
「私が飛行機のどこを好きか、一度も聞かなかったでしょう」
母の手が止まった。
瑛里は机の引き出しから、小学生のとき描いた旅客機の断面図を出した。座席より、翼の内部やエンジンの配管ばかり描いてある。母はそれを初めて見るような顔をした。
「こんなの、いつ描いたの」
「ずっと描いてた」
瑛里は断面図を面接用のファイルへ入れた。制服の箱には入れない。
母は翼のブローチを摘み、「これだけでも付けたら」と言った。
「借り物の翼は要らない」
箱を閉じ、返送伝票を貼る。母は口を結んだが、ガムテープを押さえる瑛里の手を邪魔しなかった。
翌朝、母が玄関で聞いた。
「整備って、飛行機の下にも入るの?」
「入るよ」
「怖くない?」
「怖いことを知るために勉強する」
母は「そう」とだけ言った。
瑛里は作業靴の入った鞄を持ち、制服の箱を返送所へ運んだ。三本の金線はなくても、進む方向は自分で見えていた。