三樽目から緑になった水

海軍が聖女ティレサを旗艦から降ろした三日後、三樽目の水が緑になった。

水兵は表面の藻をすくい、布で濾して飲んだ。半日後、甲板の半数が腹を抱えて動けなくなった。四樽目は酸っぱい臭いがし、五樽目の栓を抜くと小虫が飛び出した。

提督ハルバルトは補給港へ引き返せと命じた。だが追い風を待って沖へ出たばかりで、戻るには二日かかる。残った清水は将校用の銀瓶だけだった。

「樽職人の手抜きだ!」

水夫長は首を振った。同じ樽を十年使っている。違うのは、毎朝ティレサが樽ごとに指を触れていたことだけだった。

彼女の加護は水を生み出さない。腐敗を起こす微生物だけを眠らせ、塩気やミネラルは残す。海軍はそれを単なる食前祈祷と思い、「戦闘に役立たぬ聖女」の食費を削るため、最寄りの島へ置き去りにした。

浄化魔法で樽を光らせると、水は無味になった。飲んだ水兵はさらに倒れた。汗で失った塩分まで消え、足がつったのだ。旗艦は海賊船を見つけても帆を上げられず、護衛していた商船を先に逃がすしかなかった。

将校が銀瓶を独占すると、水兵の間で奪い合いが起きた。提督は反乱を恐れて残りの水を均等に配ったが、一人分は杯の底を濡らすだけ。護衛失敗の知らせを受けた商会は、旗艦へ支払うはずだった成功報酬を全額凍結した。

帆柱には、飲み水不足を示す黒旗が上がった。

置き去りにされた島で、ティレサは漁船団の水瓶を順番に清めていた。船長ネモアが帰港した若者の肩を叩く。

「七日漁に出て、腹を壊した者が一人もいない。売れ残りの魚まで鮮度が保った。島の共同組合で正式に雇いたい」

報酬は旗艦より少なかったが、祈る樽の数と休息時間が契約書に明記されていた。ティレサは迷わず署名した。

その夜、沖から信号弾が三発上がった。救助艇が提督の命令書を運んでくる。

――直ちに旗艦へ戻り、全飲料水を浄化せよ。処分は撤回する。

ティレサは島の組合印を押した返書を渡した。

「海軍飲料保全契約は、私を下船させた時点で終了しています」