上履きのまま海へ
終業式が終わったら海へ行こう、と言い出したのは井筒花音だった。
海までは電車で四駅。水着もタオルもない。ただ足を濡らすだけ。それでも教室を出た七人は、何か重大な計画を実行する顔で駅へ走った。
僕は昇降口を抜け、坂を半分下ったところで気づいた。
「上履きだ」
全員が僕の足元を見る。青い線の入った白い上履き。外靴は下駄箱に置いたままだった。
戻ろうとすると、花音が腕時計を見た。
「次の電車、七分後」
「でも上履き」
「夏休みだよ」
それは説明になっていない。けれど七人とも頷いたので、僕も走った。
駅員には二度見され、車内では小学生に指を差された。白かった布は道路の埃で灰色になり、つま先に小石が入った。みんなは笑いながら、今日返された通知表や、明日からの部活や、宿題の量を話した。僕の上履きは話題の中心になり、そのおかげで誰も成績の悪さを深刻に悩まずに済んだ。
改札を出たとき、僕の靴裏には駅名の読めない紙片まで張りついていた。海へ着いたのは昼前だった。太陽は高く、砂浜は裸足では歩けないほど熱い。全員で靴を脱ぎ、波打ち際まで駆けた。僕の上履きだけが、砂の上でひどく学校らしかった。
花音が片方を持ち上げる。
「記念に何か書こう」
油性ペンを回し、七人で名前や夏の目標を書いた。『宿題を七月中に終える』『彼氏をつくる』『県大会』『身長プラス三センチ』。僕は靴底の近くへ、『次は外靴で来る』と書いた。
帰り道、濡れた足で上履きを履くと、砂が張りついて気持ち悪かった。それでも誰も急がなかった。次の電車を一本見送り、ホームでアイスを食べた。
九月一日、僕は落書きだらけの上履きを洗って学校へ持っていった。文字は薄くなったが消えなかった。先生には「どうしてこんなに汚れた」と聞かれた。
僕は答えず、花音たちと目を合わせた。
終業式のあとの海は、たぶん特別きれいではなかった。
ただ、校則も予定表もない場所へ、学校の靴のまま行ったことだけが、あの夏の解放感として今も残っている。