乗員番号ゼロの亡霊
貨物宇宙船〈セレン〉では、深夜になると船内放送が鳴った。
〈乗員番号ゼロ、帰投してください〉
乗員名簿は一番から始まり、ゼロは存在しない。
通信士の十文字鳴緒は、船長へ報告した。
「事故で亡くなった初代乗員の霊です」
船長は機関士を見る。
「機関部の旧システムだろう」
機関士は通信士を指す。
「放送なら通信部の霊です」
船医も加わる。
「死者なら医務室の管轄と言われそうですが、死後は診療対象外です」
放送は毎夜、同じ時刻に流れた。
〈乗員番号ゼロ、あなたの席は空いています〉
鳴緒は声を潜める。
「座席まで用意している」
機関士が言う。
「空席へ誰かを連れていく気だ」
船長は副船長を見る。
「階級順なら私の次は君だ」
「亡霊の人事へ私を推薦しないでください」
乗員たちは、誰がゼロに近いかで揉めた。
「新人は経験がゼロ」
「船長は髪がほぼゼロ」
「機関士は貯金がゼロ」
「個人情報を霊媒材料にするな」
翌晩、全員がブリッジへ集まった。
放送が鳴る。
〈乗員番号ゼロ、帰投してください〉
鳴緒がマイクを取った。
「ゼロ番、応答せよ。誰を連れていく気だ」
放送は続く。
〈接続を確認。あなたの席は空いています〉
船長が後ずさる。
「今、通信士へ返事したぞ」
鳴緒も機関士を指す。
「音声回線をつないだのはあなた」
「電源を入れたのは船長」
「出航を決めたのは会社」
船医がため息をつく。
「責任が地球本社まで戻っています」
機関士が制御盤を開けると、古い清掃用ドローンの充電端子が放送回線へ接続されていた。
機体番号は〈O〉。数字のゼロではなく、アルファベットのオーだった。
充電切れになるたび、保守システムが〈O番機、帰投〉と呼び、翻訳装置が乗員番号ゼロと読み上げていたのだ。
船長が空席を見る。
「では“あなたの席”は?」
機関士が椅子の下を指した。
清掃ドローンの充電台だった。
船医が言った。
「これで安心して眠れますね」
船長は全員を見る。
「責任転嫁の記録は消せるか」
鳴緒は答えた。
「亡霊より長く残ります」
亡霊は床を掃除し、乗員たちは自分の責任だけを掃き出していた。