九時半のプール

九時半のプールは、空より先に青くなっていた。

清掃係が競泳用プールの底に人影を見つけた。水面には照明が揺れ、観客席は無人。壁の丸時計は九時半を指していた。外からはパンを運ぶトラックの音と、新聞配達のバイクの音が聞こえた。

死んでいたのは水泳教室の指導員だった。施設は朝十時に開く。清掃係は開館前の点検中、誰もいないはずの水中で指導員を見つけたと話した。指導員の靴箱には、まだ湯気の立つコーヒーが置かれていた。更衣室には子ども用サンダルの濡れた跡が残り、売店のレジにはすでにまとまった売上が記録されていた。

同僚の指導員は、午前九時から別の体育館で講習をしていた。参加者名簿と映像がある。前日に口論した利用客も、朝は病院の待合室にいた。警察は、開館前から施設に入れた清掃係を疑った。

指導員の笛には、同僚が使う赤いストラップの繊維が絡んでいた。二人で器具を共有しただけだという説明は通ったが、被害者のロッカーからは、同僚に宛てた契約解除通知も出てきた。動機はあっても、朝九時には彼は別の場所にいる。その一点が捜査を止めていた。

だが更衣室の床には、子ども用サンダルの濡れた跡が何十も残っていた。朝一番なら、前夜の水滴は乾いているはずだった。ゴミ箱には、その日の水泳教室で配られた参加証が捨てられ、売店のレジも一日分の売上を記録していた。

パンのトラックは、翌朝分を焼く工場へ夜の材料を届ける便だった。新聞配達のように聞こえたバイクは、夕刊の回収車だった。

清掃係の「開館前」という言葉を、刑事は朝の開館前だと思い込んでいた。実際には、翌日の開館に備える閉館後の清掃だった。

丸時計に午前と午後の表示はない。九時半は朝ではなく、午後九時半。照明に照らされた水が、窓の外より明るかっただけだ。

別の体育館の講習映像は午前の記録だった。同僚の指導員は、夜九時にこの施設へ戻っている。入館カードが二十一時四分を示していた。

九時半のプールが空より先に青くなったのではない。外がすでに夜で、青く見えるものが水しか残っていなかったのだ。