乾杯の温度差

長尾昂平はシャンパン、赤堀芹奈は瓶ビール、高倉遥斗は烏龍茶を頼んだ。

十五年ぶりの同窓会を抜け、三人はホテルの最上階にあるバーへ来た。窓の下では、故郷の駅前が模型のように光っている。

「一番出世した人のおごりね」と芹奈が言う。

視線を向けられた昂平は、シャンパンを口にせず笑った。大学在学中に始めた会社を、先週、大手企業へ売却した。ニュースでは「若手経営者の成功」と書かれた。

「売った金で、何するの?」

「一年、何もしない。そのあと農業をやる。会社には残らない」

遥斗が目を丸くした。「勝ち逃げ?」

「負ける前に降りただけ。もう、自分の名前で誰かを働かせたくない」

芹奈は瓶から直接グラスへ注いだ。市役所の観光課で十二年働き、春の市議選へ立候補するという。

「駅前を変えるって、同窓会で言えばよかったのに」

「拍手されるか、笑われるか、どっちも嫌だった」

二人が遥斗を見る。彼は実家のパン屋を継いでいる。同級生たちは、地方誌に載った店を「地元の成功例」と持ち上げた。

「二号店の話、断った」と遥斗は言った。「一店舗でいい。朝三時に起きて、自分で焼ける数だけ売る」

昂平が苦笑した。「三人とも、広げる話じゃないんだな」

高校時代、三人は窓のない進路指導室で、「大きいことをした人が一番」と競っていた。年収、肩書、住む都市。今夜の名札にも、それらが小さな字で印刷されていた。会場では、その字を読んだ順に人が寄ってきて、昔話より先に名刺を差し出した。

芹奈がグラスを持ち上げる。「じゃあ、縮小に乾杯」

昂平のシャンパンはぬるくなり、芹奈のビールはまだ冷たく、遥斗の烏龍茶の氷はほとんど溶けていた。三人のグラスは、違う高さでぶつかった。

会計後、昂平は空港行きのタクシーへ、芹奈は選挙事務所候補の空き店舗へ、遥斗は午前三時の仕込みへ向かった。

テーブルには、飲まれなかったシャンパンが半分残った。細い泡はもう上がらず、窓の外の町だけが、成功した夜のように輝き続けていた。