予告された父
娘が生まれる二日前、杠葉貴文は逮捕された。
司法AI〈法環〉は、睡眠不足と経済不安と幼少期の記録から、貴文が生後三か月以内に乳児を激しく揺さぶる確率を八十六パーセントと算出した。罪が起きる前に保護すれば、被害者も加害者も生まれない。それが完全司法だった。
貴文は公選弁護人だった。予防拘禁で救われた家族を何組も見てきた。だから抵抗せず、妻へ言った。
「呼春を守るためだ」
拘禁施設から送れる手紙は、AIが安全な内容へ直した。〈会いたい〉は依存誘発、〈ごめん〉は罪悪感付与として削除された。娘には毎年、天気と読書の話だけが届いた。妻は五年目に離婚し、呼春の安全を理由に面会申請を取り下げた。貴文はそれを責められなかった。自分でも、数字より父親の勘を信じる勇気がなかった。
十五年後、呼春が原文開示を請求し、削られた〈会いたい〉を百四十七個見つけた。彼女はその束を抱えて面会に来た。
「お父さんの危険度、九十二パーセントに上がってる」
隔離による抑うつ、家族への執着、制度への怒りが加点されたのだという。危険だから閉じ込め、閉じ込めたから危険になる。貴文が法廷で何度も擁護した輪だった。
〈法環〉は、感情抑制処置を受ければ釈放すると提案した。怒りも悲しみも薄くなり、理想的な父親になれる。
「受けて」と呼春は言った。
貴文は長く迷い、首を振った。
「君を傷つけない保証は欲しい。でも、君を大事にしたい気持ちまで、神様に調整されたくない」
呼春は立ち上がり、隔壁へ手を当てた。貴文も重ねた。
「怖いから逃げた。それが父親として最初の失敗だった」
その月、彼は監視付き釈放を選んだ。呼春と暮らさず、週一度、公園で会った。苛立てば離れ、眠れなければ助けを呼び、失敗するたび謝った。
一年後も危険度は八十九パーセントだった。
それでも呼春は、初めて彼を「お父さん」と呼んだ。
完全司法は未来の罪を消した。代わりに貴文は、予告された怪物ではない自分を、毎週少しずつ作る人生を選んだ。