事故係の無傷な包帯
物流会社の安全管理係長、唐沢峰彦は、起きてもいない労災を申請して保険金を抜いていた。
「階段から落ちたことにしろ」
彼は派遣社員の佳澄へ包帯を巻かせ、診断書の下書きを押しつけた。佳澄が断ると、契約更新はないと脅す。以前も同じ命令を拒んだ派遣社員が、契約満了を待たず追い出されていた。その名義で受け取った保険金は、安全設備ではなく唐沢の高級腕時計に変わっている。
「お前の名義なら疑われない。金は会社のためだ。事故時刻は昨日の二十二時」
だが昨日の二十二時、佳澄は別倉庫で勤務していた。百人分の荷を一人で仕分け、別倉庫の責任者から作業完了印も受けている。佳澄がそう言うと、唐沢は笑い、勤怠表を目の前で書き換えた。
「記録なんて管理者が真実にするんだよ。現場の人間は、管理者の書いた通りに事故に遭うんだ」
そして申請責任者欄へ署名し、《本人は意識を失い、係長が状況を確認》と記入した。包帯を巻いた佳澄を倉庫の階段に座らせ、証拠写真まで自分の端末で撮る。
翌日、保険会社の調査員が来た。唐沢は、佳澄が借金返済のために事故をでっち上げ、自分は騙されたと話した。
調査員はまず、申請写真を拡大した。壁の時計は午前十時。写真の位置情報と撮影者IDは唐沢の社用端末を示している。
唐沢は時計が壊れていたと主張した。
すると倉庫長が、階段上の非常灯カメラを再生した。安全管理係長である唐沢自身が先月導入し、「映像は保険会社のクラウドへ直送される」と署名していた設備だ。映像には、彼が無傷の佳澄へ包帯を巻き、転んだように座れと命じる姿が映る。
さらに書き換え前の勤怠表も、クラウド上の版履歴から復元された。佳澄は別倉庫にいた。
唐沢は署名を取り消すと叫んだ。調査員は、すでに提出済みの申請書を示す。
調査員は過去の偽装申請も含めた控えを机に並べた。人事部長が封筒を開いた。
「唐沢峰彦。保険金詐欺および記録改竄により、本日付の懲戒解雇を通知します」