二人分の影

ゲーム会社で動作認識を担当する杵島清親は、影成盆地の「影継ぎ踊り」へモーションデータを取りに行った。二十六歳。踊り手の足元へセンサーを置き、影の長さと動きを記録する実証実験だった。

過去ログには、影を『先に働かせる』ため踊りを利用したという書き込みがあった。投稿者は翌日から会社へ行かなくなったのに、勤怠記録だけは十七年間皆勤だったという。清親は都市伝説を、センサーの誤認識を宣伝に使った創作だと考え、検証動画にするつもりでいた。

村の古い掲示板を保存したPDFには、参加者向けの注意がある。

《踊りの輪の中で、自分の影を踏んではいけない》

笛は一音しか鳴らず、踊り手の影だけが複雑な振付を続ける。本人が足を止めても、黒い輪は火の周囲を巡り、時折一斉に清親の方を向いた。

日没後、中央の篝火を囲んで踊りが始まった。清親は輪の外から計測していたが、センサー一台が倒れた。拾いに入ると、火が揺れ、自分の影が足元へ伸びた。

一歩避ければ済んだ。それでも清親は、禁忌が動作データへどう現れるか試したくなった。右足で一度だけ、自分の影の頭を踏んだ。

靴底に、濡れた髪のような感触があった。

清親が足を上げても、影は起き上がらなかった。輪の中に黒い人型が横たわり、別の影だけが清親の足元から立ち上がる。そちらは半拍遅れて踊り続けた。

帰社後、データを解析すると、清親の骨格モデルが二体あった。一体は本人と同じ動き。もう一体は、彼が静止している間も祭りの振付を繰り返している。削除すると数秒後に復元された。

社内チャットでは、清親が眠っていた時間にも彼のアカウントが仕事を終え、丁寧な報告を送っていた。

翌朝、社員証アプリの入退室履歴が通知された。

《杵島清親 八時四十二分 入館》

《杵島清親 八時四十三分 入館》

退館は一件しかない。フィットネスアプリの歩数も、彼が歩いた分のちょうど二倍だった。

夜、自宅でスマートロックを閉めた直後、廊下から電子音がした。

《杵島清親さんが帰宅しました》

清親はすでに部屋の中にいる。

スマホにBluetooth接続の確認が出た。

《近くの端末「清親の影」とペアリングしますか?》

背後で、彼より半拍遅れて靴を脱ぐ音がした。