二人席のスタンプ

二十時五十分。商店街の喫茶店で、宗像玖郎と深尾実莉は九個の印が並ぶスタンプカードを挟んで向かい合っていた。店は二十一時で閉店し、三十年の営業を終える。

十個たまれば、窓際の二人席で季節のパフェを一つもらえる。二人は大学時代から九回来た。どちらかが恋人を作ればカードは捨てる、と冗談で決めたのに、何年たっても九個のままだった。十個目を押す日は、友人ではなくなった日だと実莉が言い、玖郎は笑って聞き流した。窓際の席には二人の肘で磨かれた丸い跡があり、店主は予約札を置かなくても週末だけ空けてくれていた。

「最後だから、押してもらおうよ」と実莉が言った。

「パフェはもう売り切れだって」

「景品の話じゃない」

玖郎は、実莉が来月結婚相談所へ登録すると知っていた。今さら冗談の続きを真に受けるのは卑怯に思えた。

「次の人と、新しい店を探せばいい」

「玖郎は、それでいいんだ」

「友達としては応援する」

実莉はカードを伏せた。店主が最後の客へ小さな箱を配り始める。思い出の品を一つ入れ、店内の棚へ残す箱だった。

二十時五十七分。実莉はカードを箱へ入れ、席を立った。

「十個目、押さないでね」

「押せないよ。店が終わる」

「そうじゃなくて」

言葉の続きは、閉店を知らせる拍手に消えた。実莉は笑顔で店主に頭を下げ、商店街の闇へ出た。

会計を終えた玖郎へ、店主がスタンプを一つ渡した。

「実莉ちゃん、最初の日に預けていったんだ。十回目に君が来たら、これを渡してって」

木の持ち手の底には、〈友達をやめる〉と彫られている。店主は、カードの裏に小さな文字があることも教えた。

〈十個目を玖郎が押したら、好きと言う。私が押したら、諦める〉

箱の蓋はもう封をされ、翌朝には倉庫へ運ばれる。実莉へ電話すると、呼び出し音のあとに切れた。画面には、相談所の登録完了を知らせる彼女の投稿が上がっていた。

玖郎は箱の投入口へ手を伸ばした。取り出す代わりに、渡された十個目のスタンプを中へ落とし、蓋を閉じた。