二十九本目のろうそく

柞原湊生の誕生日は火曜日なので、毎年消える。年齢は水曜の朝に一つ増えるが、誕生日を祝ってはいけない。前後の日に祝うと、その年に受け取った贈り物が一つずつ、持ち主の記憶からなくなる。

二十九歳になる週、恋人の茉莉がケーキを買ってきた。

月曜の夜だった。箱には「おたんじょうび」と書かれている。

「規則、知ってるだろ」

「火をつけなければ飾りよ」

茉莉は数字の二と九のろうそくを立てた。湊生は怒れなかった。彼女は来月、海外へ転勤する。結婚するか、別れるか。二人はその話を三か月先延ばしにしていた。

午前零時まで、ケーキを挟んで座った。火曜日が消える瞬間、眠っていなくても視界が一度だけ白くなる。次に時計を見ると水曜だ。

白くなる直前、茉莉が言った。

「明日、返事を聞くから」

水曜の朝、ケーキは半分なくなっていた。ろうそくには火をつけた跡がある。湊生の左手には銀色の指輪がはまり、茉莉の指にも同じものがあった。

「返事、したんだね」

茉莉は笑ったが、湊生は覚えていない。火曜日に何を言ったかは、本人にも残らない。ただし火曜日に交わした約束は、物として残っている限り有効だ。

指輪を外せば、約束は無効になる。茉莉はそう説明した。誰でも知っている規則を、湊生だけが初めて聞くような顔をした。

会社へ行っても指輪が気になった。自分は結婚を望んだのか。別れを恐れただけなのか。火曜日の自分に人生を決められた不快さと、決めてもらえた安堵が同じ場所にあった。

夜、帰宅すると茉莉が荷造りをしていた。

「私の返事は、断ったの」

彼女は指輪を外した。内側には、湊生の字で「一緒には行けない」と刻まれていた。

「あなたはプロポーズしたんじゃない。私が行くことを許しただけ」

茉莉は指輪をケーキの箱へ入れた。来月までここに住み、予定どおり出ていくという。

湊生は自分の指輪を外さなかった。約束の内容を覚えていなくても、彼女の未来を邪魔しないことだけは守れる気がした。

冷蔵庫には、火曜日に食べたらしいケーキが一切れ残っていた。皿の横に二十九本目の細いろうそくが置かれ、芯だけがまだ赤く明滅していた。