二十五本目

百瀬詠真の家では、男が二十五歳になる年だけ誕生日を祝わない。父も叔父も、その年の写真が一枚もなかった。理由を聞くと、母は家系の男は二十五歳で「年を渡す」と答えた。

祖父の日記には、具体的な決まりが一つある。

《二十五本目の蝋燭だけは、自分で吹き消してはいけない》

父は二十五歳の誕生日の翌朝に失踪している。日記の同じ頁には「父になった」と一言だけあり、その時点で詠真はまだ生まれていなかった。

古い八ミリ映像には、二十五歳の祖父が蝋燭を吹いた直後、幼い父から「お父さん」と呼ばれる場面があった。映像の日付では父はまだ出生前で、ケーキの陰から伸びる子どもの手だけが先に映っていた。

二十五歳になった夜、会社の同僚がサプライズを開いた。家の話を知らない彼らは、大きなケーキへ二十五本の蝋燭を立て、配信アプリで祝う。詠真は一本抜こうとしたが、同僚に止められた。配信画面には参加者が七人しかいないのに、視聴者の顔枠が八つ出ていた。空の枠だけが《百瀬家・次代》と表示されている。

二十四本は皆の息で消えた。中央の一本だけ、炎が細くなっても消えない。同僚が笑い、主役が締めろと囃した。迷信を説明する方が恥ずかしかった。

詠真は一度だけ、その炎へ息を吹いた。

火は消えず、煙のように詠真の口へ入った。配信画面の年齢表示が「25」から「0」へ変わり、コメント欄に見知らぬ名字の人々が《お父さん、おめでとう》と書き込んだ。

翌朝、スマートウォッチの健康プロフィールが更新されていた。年齢は五十二歳、身長と体重は失踪した父のもの。心拍履歴には、父が消えた日から今日までの二十七年間が連続して記録されている。

母へ電話すると、彼女は泣きながら「お父さん」と呼んだ。詠真が名を告げても、母の端末の着信表示は夫の名前だという。

家族チャットでは、母の続柄が「娘」、叔父が「次男」に変わり、詠真の欄だけ《世帯主・二十五歳》になっていた。

最後に、誕生日アプリから通知が届いた。

《百瀬詠真さんの次回の二十五歳まで、あと25年です》

その下で、まだ独身の詠真に《子ども一名を登録しました》と表示された。