二十年後の配達指定
二十時三十二分、木幡康志の配送端末に見覚えのない通知が出た。
〈五十歳のあなたより。二十一時までに黒い箱を八坂未来工学へ届けろ〉
荷台には差出人なしの黒い箱。伝票だけが二十年後の日付で印刷されている。大雨で幹線道路は渋滞し、到着予測は二十一時七分だった。
未来の自分は抜け道を三つ送ってきた。康志は路地を抜け、二十時五十九分に研究所へ着く。受付の男は顔も上げずに言った。
「そこへ置いて。受領印は要らない」
箱を台へ置いた瞬間、ワイパーが一度だけ止まり、時間は二十時三十二分へ戻った。
〈二十一時までに届けろ〉
二度目は受領印を求めた。男は拒んだ。三度目は中身を確認しようとしたが、封印を切る前に戻る。差分は道順と到着秒だけだった。
十四回目、康志は配送端末の整備モードを開いた。黒い箱から、端末へ常時位置情報が送られている。中身は荷物ではない。二十年間にわたる全配送員の移動、会話、休憩、事故予測を集める量子記録器だった。
未来のニュースでは、八坂未来工学が「犯罪を起こす前の配達員」を解雇する予測システムで世界企業になっている。創業者として写る五十歳の康志は、制服ではなく黒いスーツを着ていた。
〈成功条件:無署名で設置。配送記録を残すな〉
だから受領印は要らないのだ。違法な実験の最初の二十年を、ただの配達に見せるために。
十五回目。受付の男が言う。
「そこへ置いて。受領印は要らない」
康志は黒い箱を台へ置かず、端末で〈配達不能〉を選んだ。理由は〈受取人不存在〉。研究所は目の前にある。それでも伝票の日付は二十年後で、今日の法人登記には八坂未来工学という会社が存在しない。
未来から通知が三度震えた。
〈誤配扱いで解雇される〉
〈違約金は払えない〉
〈その会社はお前のものになる〉
康志は黒い箱を本社の事故品隔離庫へ戻す指示を確定し、同時に封印異常として警察と労働局へデータを転送した。未来の自分の会社だけでなく、今の配送会社も無断追跡の責任を問われる。康志の社員番号には即時停止の赤印がついた。
二十一時。ワイパーは止まらなかった。
黒い箱の表示窓から、未来の日付が一桁ずつ消える。最後に残ったのは、白紙の伝票だった。
康志は配送端末を助手席へ置き、回収車を待った。明日から運ぶものはなくなる。それでも、届けなかった一件だけは、自分の記録として残った。