二十階までの内部告発

二十三時五十五分、斑目啓悟は地下三階から役員専用エレベーターへ乗った。

隣にはコンプライアンス担当役員。啓悟の手には橙色のアクセスカードがある。二十階へ着く零時、研究データの改ざん履歴は自動削除される。改ざんされた安全値のまま治験が進めば、翌朝から三百人へ薬が投与される。啓悟は解析担当として、その危険を最初に見つけていた。

「内部告発したのは僕です」

役員は階数表示を見たまま言う。

「証拠は?」

扉が二十階で開く。遠くのサーバー灯が消え、次の瞬間、啓悟はまた地下三階に立っていた。時計は二十三時五十五分。カードの角だけが少し欠けている。

削除を止める条件は、到着前に役員が非常停止を押し、監査モードへ切り替えること。啓悟は一周目のUSBを奪われ、二周目のメールは圏外で送れなかった。

三周目。

「内部告発したのは僕です」

「証拠は?」

「このカードで原本に入れます」

役員はカードを受け取り、十九階で折った。

五周目、啓悟は取締役会の音声を聞かせた。役員はため息をつく。

「正しいことをしたいなら、手順を守れ」

その言葉と同時に二十階。白い光。

七周目、啓悟は相手が非常停止を押さない理由を理解した。監査が始まれば、役員自身が三年前に承認した改ざんも露出する。彼へ託す限り、終わらない。

八周目。エレベーターが上昇する。

「内部告発したのは僕です」

「証拠は?」

「今から、僕が証拠になります」

啓悟は橙色のカードを制御盤へ差し込み、緊急ブレーキを手動作動させた。箱が十四階と十五階の間で止まる。続けて非常通話を外部回線へ切り替え、記者、規制当局、全社員へ改ざんデータと自分の守秘義務違反を一斉送信した。

役員が胸倉をつかむ。

「資格も職も失うぞ」

「手順の外に、原本を残します」

零時。サーバーの削除は走った。だが外部へ送った複製は残り、時計は零時一分へ進んだ。

救助隊の切断機が扉を開ける。啓悟は警備員へ両手を差し出した。橙色のカードは制御盤の中で焼け、もうどの会社の扉も開けなかった。