二枚の搭乗券
木津谷周作が空港へ着いたのは、婚約者の針生茉莉を見送るためではなかった。
茉莉は「海外研修に行く」と言っていた。だが保安検査場の前で、彼女は同じ部署の男と腕を組み、旅行会社の封筒から二枚の搭乗券を出していた。
周作に気づくと、茉莉は驚いたのも一瞬だった。
「ちょうどよかった。私たち、もう無理だと思う。帰ったら荷物を取りに行くから」
隣の男は困った顔をしながらも、茉莉の腰から手を離さなかった。
「会社には言わないで。研修扱いにしたのは、休みが取りにくかっただけだから」
周作は、ポケットの中で小さな指輪箱を閉じ、航空会社のカウンターを指した。旅行から戻った茉莉へ渡すつもりだったものだ。
「先に手続きをしたほうがいい。搭乗時刻、近いよ」
茉莉は勝ったように笑い、男とカウンターへ向かった。
係員が二枚の搭乗券を端末へ通す。画面を見た表情が変わった。
「恐れ入ります。この予約は取り消されております」
「そんなはずない。会社の旅行管理システムで発券したのよ」
茉莉が社員証を置いた直後、スマートフォンが鳴った。表示は人事部長。彼女は一度切ったが、続けて経理部、部門長から着信が並ぶ。
周作は前夜、茉莉が自宅のプリンターに残した旅程表を見つけた。研修先とは別の国、同行者欄には男の名。費用区分は「顧客訪問」になっていた。
彼は写真を一枚撮り、会社の内部通報窓口へ送っただけだった。
「あなた、会社に密告したの?」
「婚約のことは何も書いてない。僕には関係のない会社だから。旅程表の確認をお願いしただけ」
係員の端末に、法人旅行デスクから連絡が入った。
「会社負担分の予約をすべて無効にするよう指示が出ています。個人で買い直す場合、本日の運賃はこちらです」
提示された金額を見て、男が茉莉から離れた。
「俺、そんな金ないぞ。君が経費で大丈夫だって言ったから」
茉莉の社員証が震える手から滑った。
係員が二枚の搭乗券へ、使用不可を示す赤いスタンプを押した。