代理同士のお見合い
冷水穂波は、親友に頼まれてお見合いの席へ座っていた。
『一時間だけ私のふりをして。相手が怖そうなら断って』
向かいに現れた針生伊吹も、実は友人の代理だった。しかし二人は、そのことを知らない。
「初めまして。冷水穂波です」
「針生伊吹です」
互いに借り物の名を名乗り、ぎこちなく頭を下げた。
「趣味は料理と伺いました」
「ええ。本人は卵を割ると殻を三枚入れますが」
「本人?」
「私です。緊張すると自分を他人のように言う癖が」
「なるほど。僕も本人は休日ずっと寝ています」
「あなたも自分を?」
「客観視です」
嘘を守るため、会話は奇妙に正直になった。
「結婚後も働きたいですか」
「本人は働きたいと言っています。ただ、朝が弱くて目覚ましを七個使います」
「七個は多いですね」
「代理の私は一個で起きます」
「代理?」
「理想上の私です」
伊吹も負けずに言った。
「僕は貯金があります。ただし本人は釣り具を見ると判断力を失います」
「では、家計はあなたが管理を?」
「僕と本人は同一人物ですから」
「複雑な家庭ですね」
やがて二人は、肝心のお見合い相手より、目の前の奇妙な人に興味を持ち始めた。
「率直に言います。私は、写真のあなたより今のあなたのほうが話しやすいです」
「写真?」
「少し印象が違います」
「あなたも写真より背が高い」
二人は同時に黙った。テーブルの下で、それぞれ親友へメッセージを送る。
穂波:写真と違う。でも悪い人ではなさそう。
伊吹:そっちも別人に見える。会話は楽しい。
そのとき、店の入口から男女が駆け込んできた。穂波の親友と、伊吹の友人だった。二人はエレベーターで偶然会い、互いが代理を立てたと知ったらしい。
「ごめん、やっぱり自分で来た!」
「こちらも!」
穂波と伊吹は同時に立ち上がった。
「あなた、代理?」
「そっちも?」
四人で事情を説明したあと、本来のお見合い二人は顔を見合わせた。
「私たちは別の席で話します」
「代理さん同士は、そのままで」
穂波は伊吹へ向き直った。
「では改めて、本名は?」
「さっき名乗った名前だけ本物です」
最初の本音は、代理ではなかった。