休憩室の鍵穴

イベント会社の小さな休憩室には、なぜか立派な鍵がついている。

南雲葉月が合鍵の紛失に気づいたのは、三日間の展示会を終えた翌朝だった。葉月は最終日の撤収から会社へ戻り、朝まで報告書を直していた。机の下には履き替える暇のなかったパンプス、画面には送信前のメールが十四通残っている。鍵箱を開けた可能性があるのは、同僚の真壁郁、清掃担当の駒井ちづる、部長の砂原。休憩室にはソファと湯沸かし器しかなく、盗るものなどない。

それでも葉月は気になった。自分の机にカモミールティーの包み紙が一枚。チーム予定表の十四時二十分から一時間だけ、誰の名前もない灰色の予定。そして休憩室のドア下から、見覚えのある紺色のブランケットの端がのぞいていた。

ドアは施錠されている。葉月がノックすると、中から郁が出てきた。

「起きてたの?」

第一声がそれだった。

休憩室の中では、駒井が枕カバーを替えていた。ソファには葉月が会社へ置きっぱなしにしていたブランケット。テーブルには湯気の立つカモミールティーがある。

合鍵を持ち出したのは郁だった。展示会二日目、階段の踊り場で座ったまま眠る葉月を駒井が見つけた。休ませようとしても、葉月は「あと一件だけ」と立ち上がった。そこで砂原が翌日の予定表に架空の「機材確認」を入れ、郁が合鍵を隠した。十四時二十分になったら、葉月をここへ閉じ込める計画だったらしい。

「閉じ込めるって、親切の方法としてどうなの」

「普通に言って休む人なら、しない」

言い返せなかった。葉月は忙しい方が安心だった。止まると、自分だけ役に立っていない気がしたからだ。けれど、誰かが休めるよう裏で予定を組み替えた三人もまた、仕事をしていたのだと思った。

砂原はドアの外から、「休むのも勤務です」とだけ言って去った。駒井は、鍵をカップの受け皿の下から取り出した。

「隠した場所まで優雅ですね」

葉月が笑うと、郁はようやく肩を下ろした。

予定表の灰色の一時間は、まだ始まったばかりだった。葉月はソファに座り、花の香りがするお茶へ口をつけた。

「あと一杯だけ、働きません」