保管料未納
土岐崎篤紀は毎朝、営業用身体へ接続する前に、本体保管料の残高を確認する。自分と父・惟高の二人分。計六万四千円。貸出身体で働き続けるには、帰る先の肉体を冷却槽で維持しなければならない。
父は認知症が進み、借りた身体でも篤紀の名を間違えるようになっていた。
月末の朝、口座に五万一千円しかなかった。
《保管料を全額決済できません》
《維持する本体を一体選択してください》
未払いの本体は、その日のうちに医療資源へ再利用される。意識が貸出身体に残っていても、帰還先を失う。それだけが規則だった。
篤紀は支払日の延長を申請した。
《身体の保管に信用は適用できません》
父の貸出身体が台所から顔を出す。
「今日は会社か、惟高」
自分の名を父の名で呼ぶ。父は篤紀を若いころの自分だと思っているらしい。
「親父、俺は篤紀だよ」
「そうか。俺の息子と同じ名前だな」
端末の選択期限は正午。
篤紀は自分の本体を選べば、来月も働ける。父の本体を選べば、自分は現在の貸出身体の契約終了時に消える。意識を保存する制度はない。
父の年金口座には一万五千円残っていた。家族間送金を試す。
《認知機能低下者の資産保護のため、本人確認が必要です》
父へ画面を向けた。
「この人は誰ですか」
端末が篤紀の写真を示す。
父は長く見つめた。
「知らない人だ」
認証失敗。
篤紀は笑ってしまった。父が忘れた一言で、二人とも足りなくなった。
正午一分前、父が古い歌を口ずさみ始めた。篤紀を寝かしつけるときの歌だった。名前は忘れても、節だけは残っている。
「その歌、覚えてるんだ」
「息子が泣くとな、これで静かになる」
篤紀は《父・惟高》を選択した。
決済完了音が鳴る。
《土岐崎惟高さんの本体維持を継続します》
《土岐崎篤紀さんの本体を再利用対象に登録しました》
父は音に振り向いた。
「何か買ったのか」
「帰る場所を一つ」
篤紀は答えた。
夕方、営業用身体の契約終了が近づく。会社から延長の提案が届いた。働き続ける限り、この身体にはいられる。ただし退職、故障、解雇のどれかで意識は帰還処理される。
帰還先はもうない。
父が篤紀の袖を引く。
「今日は泊まっていけ。息子が帰ってくるから」
篤紀はうなずいた。
その夜から彼は、一度も眠れない身体で、父が自分を待つ家へ帰り続けた。