借りた六十秒

雨宮キサラは停止した司書NPCの手を握り、奪った時間を返した。

《時間貸借》

接触した相手から十秒単位で残り時間を借りられます。

残り時間がゼロの者は行動停止。

《キサラ:120秒》

《司書リネット:0秒》

速度攻略者たちは、通路にいるNPCから時間を借り、五分のコースを二分で駆け抜けた。時間を失った住民は、人形のように固まっている。

リネットの説明欄には小さく書かれていた。

《貸与された時間の所有権は、完走時に判定されます》

借りた秒は速さではなく、誰が動く権利を持つかだった。

キサラは百二十秒をすべて返す。

《キサラ:0秒》

《リネット:120秒》

身体が止まり、視界だけが残る。リネットがゆっくり目を開けた。

「今度は、私が運びます」

彼女は動けないキサラを背負って走った。途中で停止した鍛冶屋、門番、子供へ十秒ずつ分ける。走者が増えるほどリネットの時間は減る。それでも全員でキサラを順番に運び、ゴールへ近づいた。

残り十秒。リネット自身も止まる。

最後に時間を受け取った子供が、キサラの身体を引きずって線を越えた。

完走記録にはキサラの名が出ない。代わりに、時間を返されたNPCたちの名が並ぶ。

《優勝者:司書リネットほか十一名》

《プレイヤー雨宮キサラ:完走補助者》

ゴール後、キサラの身体はまだ動かなかった。司書たちは残った秒を一秒ずつ彼女へ返す。

誰か一人が十秒を持つより、十二人が一秒ずつ持つ方が、停止する者を出さずに済む。時間は速度の燃料ではなく、発言し、歩き、選ぶための持ち分だった。

リネットは貸出票を破り、裏へ新しい規則を書く。

《借りる前に、返す相手の名を確認すること》

キサラが目を開けたとき、優勝台にはプレイヤー用の一席ではなく、十二人が並べる長い机が出現していた。

優勝机の中央には、キサラが最初に奪った六十秒の貸出票が置かれた。リネットは返済済みの印を押さず、全員の名を書き足す。

一人が止まれば、別の一人が運ぶ。誰かの時間を使うこと自体が悪いのではない。返す相手を忘れ、借りた秒を自分の速さだと思うことが、この競技の罠だった。

《タイムアタックの所有者を訂正――借りた時間で出した記録は、時間を貸した者たちの記録です》