六十八歳差の相手

 駒木根家の母が味噌汁をよそっていると、高校一年の息子が言った。

「今度、付き合ってる人を紹介したい」

「ぶっ」

 母は味噌汁を少しこぼした。

「付き合ってる人? いつから?」

「春から。毎週日曜に会ってる」

「どうして今まで黙ってたの」

「言うほどのことじゃないと思って」

「言うほどのことです。どんな人?」

「僕より六十八歳上」

「六十八?」

 息子は十六歳である。母は頭の中で計算し、もう一度計算した。

「八十四歳?」

「うん」

「お相手は、あなたの年齢を知ってるの?」

「最初から」

「ご家族は」

「息子さんが二人。孫もいる」

「情報の一つ一つが重い!」

 母は椅子に座り直した。

「どこで会うの」

「駅前ホテルのロビー」

「ホテル!」

「人が多いから安心だって」

「何時間くらい」

「二時間。向かい合って、ほとんど黙ってる」

「会話もないの?」

「手を読まれてるから」

「手を?」

「僕が迷うと、『そこへ置いたら一生後悔する』って」

「支配的すぎない?」

「でも厳しいだけじゃない。勝つと笑ってくれる」

「何に勝つの」

「相手に」

「関係が複雑!」

「帰りには甘い物も食べる」

「デートじゃない!」

「先生は血糖値を気にして半分だけ」

「急に介護情報を足さないで!」

 次の日曜、母は「偶然を装うには大きすぎる帽子」をかぶり、駅前ホテルへ向かった。ロビーの奥で、息子は白髪の男性と向かい合っていた。二人の間には将棋盤があり、男性は細い指で駒をつまんでいる。

「その銀は泣いているぞ」

「先生、銀は泣きません」

「泣かせたのはお前だ」

 母は柱の陰から出た。

「付き合ってる人って、将棋の先生?」

「先生が対局に付き合ってくれてる」

「六十八歳上は」

「計算は合ってる」

「ホテルは」

「先生の家だと階段がきついから」

「手を読むは」

「次の一手を読む」

 八十四歳の先生は母へ頭を下げた。

「息子さんとは、将来を考えた真剣な付き合いです」

「先生まで言い方を選んでください!」

 息子は盤上の角を動かした。

「お母さん、静かに。いま大事なところ」

「私の早とちりも、詰みね」

 先生は盤を見たまま、「お母さんにも王手ですな」と言った。