冷めない最後の釘
「《定温士》? 料理を冷まさぬには便利だろう」
王立鍛冶院の選定会で、巨匠ドワルグはガレオの鑑定札を炉へ放った。
【技能:触れた無生物一つの温度を、発動時のまま一時間固定する】
温めることも冷やすこともできない。ただ変化を止めるだけ。剣を打つ火力にも、敵を凍らせる力にもならない。ガレオは食堂の鍋番を命じられた。
翌朝、北門から星鉄が運び込まれた。
三百年に一度落ちる隕鉄で、魔王の角を断てる唯一の素材。しかし星鉄は竜炉から出した瞬間、魔力を失って黒い石になる。炉の中では柔らかいが、巨大すぎて槌を振れない。歴代の鍛冶師は、作業台へ運ぶ数秒の間に失敗してきた。
ドワルグは最後の欠片を炉から引き出した。白く輝く金属が、冬の空気に触れた途端、端から暗くなる。
「また駄目か……」
ガレオは鍋を置き、竜皮の耐熱手袋をはめて星鉄へ触れた。
技能が発動する。
白熱した色が、そのまま止まった。
「温度を上げたのか?」
「いいえ。下がるのをやめさせただけです」
前世の工場で、熱処理は火の強さより時間との勝負だった。ガレオは星鉄を台へ運び、巨匠へ槌を渡す。
一打。二打。金属は冷えない。十打、百打と重ねても、白い輝きは失われなかった。ドワルグの老いた腕に、若い頃のリズムが戻る。
最後に必要なのは、剣身と柄をつなぐ一本の釘だった。星鉄の欠片は豆粒ほど。普通なら槌を振り下ろす前に冷える。
ガレオが指先で定温をかける。
ドワルグの槌が落ち、釘は太陽の火を抱いたまま、剣の中心へ沈んだ。
完成した聖剣が鳴る。鍛冶院の全ての炉が、その音に応えるように燃え上がった。
完成した剣を試すため、ドワルグは冷えた鉄床へ刃を振り下ろした。鉄床は音もなく二つに分かれ、切断面だけが夕焼けのように赤く光った。居並ぶ鍛冶師たちは歓声さえ忘れた。
巨匠は剣ではなく、ガレオへ向き直った。
「鍋番と言ったな」
「よく冷めないスープが作れます」
「馬鹿者」
ドワルグは笑い、炉へ投げた鑑定札の代わりに、自分の鍛冶印を彼の掌へ押した。
「おまえが守ったのは温度ではない。三百年待った一瞬だ」
そして王へ提出する製作者名の先頭に、ガレオの名を書いた。