冷凍庫の青鍵
十七時五十五分。沓掛宗一は厨房の時計を見上げた。
保健所の抜き打ち検査まで五分。奥の大型冷凍庫には、仕入れ禁止になった天然青鰻が十二箱ある。見つかれば営業許可は取り消し。祖父から続く店も、宗一の料理人としての名も終わる。
厨房には炭火の爆ぜる音と、甘い脂の匂いが満ちていた。客席では開店を待つ常連が箸袋を折っている。検査が終われば、宗一はいつも通り十二箱の一つを解凍し、名物として出す予定だった。
料理長が寸胴鍋をかき回しながら言う。
「鍵、青いほうだぞ」
宗一は鍵掛けを見る。赤と黄はある。青だけがない。探しているうちに検査官が入り、冷凍庫の取っ手へ触れる。
冷気が白く噴き、十七時五十五分へ戻った。
二周目は合鍵屋へ走った。三周目は蝶番を外した。四周目はガスバーナーで錠を焼いた。成功するたび別の場所で時間を失い、検査官の白手袋が取っ手へ届くと、寸胴鍋の湯気まで元に戻る。
「鍵、青いほうだぞ」
五周目、宗一は料理長の言葉を聞き直した。
「どこにある」
「お前が隠したんだろ」
記憶が蘇る。規制が始まった日、宗一は最後の仕入れを捨てられず、青鍵を氷の塊へ閉じ込めて製氷庫へ放り込んだ。開けられなければ、使わずに済む。だが捨てたことにもならない。
七周目、バーナーで氷を溶かし、四分二十秒で扉を開けた。十二箱を裏口の廃油回収車へ積めば、検査官が来る前に証拠は消せる。
最後の一箱を抱えたとき、蓋から青い尾がのぞいた。父が守った味、常連が褒めた脂、宗一が未来だと信じた匂い。その全部が、禁止後も売り続けた年月の重さになった。
八周目。宗一は箱を運ばなかった。
青鍵を検査官へ渡し、自分で冷凍庫を開ける。霜のついた偽装ラベルを一枚ずつ剥がし、仕入れ台帳も差し出した。
料理長が低く言う。
「店を潰す気か」
「隠したまま継ぐより、ここで終わらせる」
十八時。検査官が営業停止票を入口へ貼った。時計は十八時一分へ進む。
寸胴鍋の火を止めると、出汁の香りが急に薄くなった。宗一は青鍵を調理台へ置いた。冷凍庫の唸りだけが残る厨房で、三代続いた看板が外される音を聞いた。