削除権限は二人
ボディーカメラ映像を消すには、二人の承認が要る。
一色薫子警部は、そのために作られた制度を信じていた。
留置場で収容者が死亡した夜の映像は、午前四時二十分に削除されている。承認者欄には、門脇監察官と一色薫子。薫子自身のIDがあった。
「パスワード漏えいで処理しましょう」
同僚の柊木が、事故報告書を差し出した。
「あなたは当夜、病院にいた。悪用された被害者です」
薫子は事故で手首を骨折し、救急外来にいた。だからこそ、自分が操作していないことは証明できる。問題は、認証カードがどこにあったかだった。
「カードは門脇さんに預けました」
「緊急監察のためでしょう。善意の貸与です」
「映像を消す権限まで貸していない」
門脇は薫子の恩師だった。女性の監察官が珍しかった頃から庇い、昇任のたびに推薦してくれた。死亡した収容者を最後に取り押さえたのは、門脇の息子が所属する班だった。
システムは二枚のカードを要求するが、本人までは見ない。事故報告を「資格情報の第三者利用」とすれば、削除者は不明のまま終わる。薫子の管理責任だけが残り、門脇も班も守られる。
「指紋認証ログは?」
薫子が尋ねた。
「カードだけの旧端末です」
「室内カメラは」
「その時間だけ保守中です」
用意されすぎた答えだった。
薫子は削除端末の起動履歴を開いた。午前四時十八分、音声読み上げ機能が有効になっている。門脇は網膜疾患で、小さな文字を読むときだけその機能を使う。設定は利用者ごとではなく端末に残るため、削除後も消えていなかった。
柊木が息をのんだ。
「それは個人を特定する証拠には弱いです」
「弱いから書かないの?」
「書けば、あなたもカード貸与で処分される。門脇さんを告発して、自分だけ無傷ではいられません」
薫子は事故報告書を閉じた。別紙を開き、承認者の一人として自分の氏名を先頭に書く。続けて、カード貸与の事実、門脇の要請、読み上げ設定の時刻を記した。
最後の欄には「不正使用者不明」ではなく、「門脇監察官による使用の疑い」と入力した。
恩師から借りたペンで署名し、二人分の削除を一人で報告した。