剥がしてはいけない荷札
「荷札は、勝手に剥がさないでください」
王都最大の商会倉庫で、床磨き係ギデオンは毎朝そう言って回った。
木箱には産地、重さ、担当者、封印番号。札一枚が違えば、香辛料が薬庫へ入り、呪具が食器売り場へ行く。けれど荷運び人たちは、無口な清掃員の注意を細かすぎると笑った。
帳場見習いのペネロだけは、彼が荷札を一度見ただけで全部覚えることを知っていた。
深夜の棚卸しで、二人が第七区画に残っていると、天窓から男が降りてきた。
白い手袋、紙の仮面。封印破り専門の盗賊《紙剥ぎ》である。彼は護衛を避け、真っすぐ一本の黒い箱へ向かった。中身は、持ち主の命を吸う古代剣だ。
「それには触れないで」
ペネロの声を無視し、紙剥ぎは赤い荷札を剥がした。
箱の隙間から黒い腕が伸びる。盗賊の影と繋がり、倉庫じゅうの灯りが消えた。男は呪剣に選ばれたと笑い、影の刃をギデオンへ振り下ろす。
ギデオンは床用の革べらを抜いた。
一度、荷札を貼るように横へ走らせる。
影の刃だけが、根元から剥がれた。
続いて紙剥ぎの足元から伸びた黒い影が四角く切り取られ、まるで古い紙のように丸まる。呪剣との契約を失った盗賊は、その場へ尻餅をついた。手袋の指先も仮面の紐も、皮膚を傷つけずきれいに裂けている。
ペネロは息を忘れた。《紙境断ち》。物と物の「所属」を斬り分ける、剣聖ギデオンだけの異能剣。二十年前、彼は王家の命令で呪剣ごと失踪したとされていた。
当人は黒い箱を閉じ、予備の赤札を貼った。剥がれた札の糊を床から削り、盗賊の靴跡を油で消す。紙剥ぎは梱包用の網で包み、「誤配送・衛兵詰所」と書いた台車へ載せた。
「商会長に報告すれば、あなたは――」
「在庫が一個増えたと誤解されます。人間は商品ではありません」
ギデオンは真顔で言い、台帳のずれを一行だけ直した。
ペネロは台帳を見直した。侵入者一名、呪剣一振り、破損品なし。数字だけなら、何も起きなかった夜と同じだった。
朝番が来る前、彼は黒い箱の札を指で押さえ、冒頭と同じ注意を静かに繰り返した。
「荷札は、勝手に剥がさないでください」