十七番窓口の封筒

蜂谷巴は、派遣会社への退職届を鞄に入れ、十七番窓口へ座った。

公共職業安定所の雇用保険窓口での最後の勤務。閉庁まで二十分のところで、乳児を抱いた女性が、育児休業給付の書類を差し出した。

「会社から、もう受け取れないかもしれないと言われました」

端末には〈離職日が休業開始日より前〉という赤い表示が出ている。規定どおりなら受理できず、女性は再申請のために会社と窓口を往復することになる。

女性は「来週の家賃まで、この給付を当てにしていました」と声を落とした。巴の雇用契約も月末で切れる。窓口の内側と外側で、書類一枚が生活を止める重さは同じだった。

巴は証明書の日付を見比べた。会社が記入したのは最終出勤日。しかし雇用契約が終了したのは、その三週間後だった。休業開始日はその間にある。項目名を取り違えている。

「今日は預かれません。正しい書類で、また来てください」

後ろの主任が決まり文句を言った。

女性の腕で、赤ん坊が泣き始めた。巴は受付印を押さず、会社の担当部署へ電話をつないだ。本人の同意を取り、雇用契約書と勤怠記録を照合する。訂正版は電子証明で受け取れると分かった。

「閉庁時刻を過ぎるよ」

「この方が明日また休みを取る時間より、短いです」

巴は電子データが届くまで申請を保留状態にし、同じ誤記を見つけるための確認欄を受付表へ追加した。隣の新人、良太が小声で尋ねる。

「派遣の僕らが、手順を変えていいんですか」

「変える権限がなくても、間違いを見つけた記録は残せる。黙って返すより、次の人が動ける」

十八時七分、訂正版を受信した。端末の赤い表示が消え、受理票が印刷される。女性は何度も頭を下げたが、巴は赤ん坊の落とした靴下を拾って返しただけだった。

主任は、新しい確認欄を見て言った。

「来年度、直接雇用の枠ができるかもしれない。退職は待てない?」

“かもしれない”を待つ働き方は、もう終わりにする。

巴は派遣会社へ退職届を送信し、夜間の社会保険労務士講座の申込画面で〈受講する〉を選んだ。