十三階で開かない扉
深夜零時過ぎ、オフィスビルのエレベーターが十三階で止まった。客は救出済みだが、朝七時までに復旧しなければ、三十階分の通勤客を一台で運ぶことになる。兼平露が到着すると、管理人は制御盤のリセットを繰り返していた。
「扉が閉じた判定にならないんです。基板でしょうか」
露は扉をゆっくり動かした。最後の二センチで左側だけ重くなり、ドアインターロックの金具が穴へ半分しか入らない。制御は正しく、扉が閉じ切っていないことを拒んでいた。
足元の敷居を見ると、金属の溝に新しい擦り傷があった。昼間、大型の複合機を搬入した記録が残っている。台車が扉へ当たり、敷居の端をわずかに押し上げたらしい。管理人には見えない二ミリの段差が、戸閉めローラーを斜めに持ち上げていた。
「押し込めば接点は入りますよ」
管理人が扉を肩で押した。露はすぐに止めた。接点だけ入れて運転すれば、次に扉が開くとき金具が抜けず、客を挟む。リセットで消える故障ではない。
搬入会社は「扉には当てていない」と報告していた。露は責任を決める代わりに、擦り傷の高さと台車の角の高さを写真へ残した。原因を人の記憶に預ければ、次の点検でただの経年劣化にされる。管理人には、搬入後に扉を三回開閉する確認項目を新しく書いてもらった。
露はかごを別階へ退避させ、十三階の乗り場を封鎖した。敷居を固定するボルトを緩め、歪みを戻し、戸閉めローラーの高さを合わせる。交換するほどの傷ではなかったが、搬入台車が再び当たらないよう、端に保護金具も追加した。
試運転は無人で十往復。十三階だけ三回多く止め、扉を手で軽く押し返してもドアインターロックが確実に切れることを確認した。
午前五時四十分、管理人が床の擦り傷を雑巾で拭いた。「基板より、床だったんですね」
露は報告書に二ミリと書いた。工具箱を閉じた瞬間、地下駐車場から内線が鳴った。車両ゲートの腕が上がらないらしい。十三階の扉が静かに閉じる音を背に、彼女はまた階段へ向かった。