十九件と二十七項目

暁音は、休職申請書の三行目でペンを止めた。

理由欄には〈私事都合〉とだけ書けばよい。三か月休めば、蒼士との結婚準備と引っ越しを落ち着いて進められる。ただし暁音が担当している案件は、別の人へ引き継がれる。復帰後に同じ席へ戻れる保証はない。

人事からは、申請するなら今日中に、と言われていた。蒼士からは朝、二件の写真が届いている。一枚は式場の空いた打ち合わせ室。もう一枚は、暁音の会社の明かりが見える夜景だった。

〈どっちにいる暁音も、暁音だよ〉

そんな言葉まで添えられていて、暁音は苛立った。どちらも自分なら、どちらかを捨てる痛みも自分にしか分からない。

式場の打ち合わせ表には、未決定の項目が二十七個あった。案件の進行表には、未処理が十九件。数字を足しても疲労の量にはならないのに、暁音は毎晩、両方の表を交互に更新していた。

仕事を続けながら準備する案もあった。けれど眠れない日が増え、メールの誤送信もした。休むことは、結婚を優先するというより、もう全部を同時に抱えられないと認めることだった。

二十代の最後に仕事の流れから外れたら、戻れないかもしれない。後輩が自分よりうまく案件を回すかもしれない。式が終わったあと、空白だけが残るかもしれない。

休まなかった場合の自分を想像すると、誰にも迷惑をかけず、誰にも優しくできない顔だけが浮かんだ。

暁音は三行目に書いた。

〈現状の継続が困難なため〉

結婚準備とは書かなかった。蒼士の希望とも書かなかった。自分が限界を決めたことを、曖昧にしたくなかった。

申請書を人事へ持っていく前に、案件フォルダの鍵を後輩へ渡した。赤いストラップの社員証キーと、自宅の新しい合鍵が机の上で並ぶ。

赤い鍵を差し出すと、後輩は驚いた顔で受け取った。

「三か月後、ここに戻れないかもしれない。それでも引き継ぐ」

声にすると怖さが形になった。

暁音は合鍵をポケットへ入れ、休職申請書を提出箱へ滑らせた。紙が見えなくなるまで、目をそらさなかった。