十二センチの土
牧乃は、窓辺のモンステラを捨てるつもりだった。
元恋人が引っ越し祝いに持ってきた鉢で、葉が増えるたび「二人の家らしくなった」と喜んだ。別れた今は、朝の光を受ける姿さえ図々しい。
園芸店員の世莉は、鉢を見るなり水不足だと言った。
「捨てるって話、聞いてた?」
「聞いた。捨てる前でも水は要る」
「持って帰ってよ」
「うち、猫がいる。毒性あるから無理」
牧乃は物を減らすと落ち着く。世莉は、手をかければ生き直すものを簡単に捨てない。その価値観は学生時代から合わなかった。
世莉は新聞紙を広げ、鉢から根鉢を抜いた。白い根が土の中で固く回っている。
「このままじゃ根詰まり」
「私の話みたいに言わないで」
「植物の話しかしてない」
二人は古い土をほぐした。牧乃が根を乱暴に引くと、世莉が手首を押さえた。
「切るなら、清潔なはさみで」
「残すつもり?」
「決めるのは牧乃。でも雑に殺すのは違う」
腹が立ったまま、牧乃は刃を消毒した。大きく分かれた株を二つに切り、新しい土を十二センチずつ鉢へ入れる。一鉢は牧乃の部屋、もう一鉢は園芸店の里親募集棚に置くことにした。
「半分残すの、未練っぽい」
「全部捨てるのも、十分意識してる」
「正論やめて」
「手、動かして」
牧乃が株を支え、世莉が周りへ土を足した。二人で指先を差し込み、根元がぐらつかないよう押さえる。黒い土が爪に入り、どちらの手も同じように汚れた。
水やりの量を決めるときも揉めた。牧乃はたっぷり、世莉は鉢底から流れるまで一度だけと言う。結局、牧乃がじょうろを傾け、世莉が受け皿に流れた水を捨てた。どちらのやり方とも少し違った。
作業後、牧乃は自分の鉢を元の窓辺ではなく、台所の棚へ置いた。世莉は日照が足りないと言ったが、一週間なら大丈夫とも付け足した。
里親用の鉢を店まで運ぶ途中、葉が風で揺れた。
牧乃は折れないよう腕で囲い、世莉は鉢底を支えた。
店の棚に置いた札には、品種名と育て方だけを書いた。
由来の欄は空白にした。