午前二時の地図
知章は、位置情報を共有してくれる誠実な人だった。
「隠し事のない夫婦になろう」
そう言って、互いの居場所が見えるアプリを入れた。彼は私のスマートフォンの充電が減るとすぐ知らせ、外出先ではBluetoothを切らないよう念を押した。
少し過保護だが、愛情だと思った。
私がアプリを一時間止めた日、知章は息を切らして職場へ現れた。事故かと思った、と笑いながら、私の端末を自分で再設定した。
妙なのは、私が誰かと会う日に限って知章が近くへ現れることだった。大学時代の友人とカフェにいると「偶然、取引先がこの辺で」と迎えに来た。元同僚と食事をした夜は、店の前で雨宿りしていた。
もう一つ、私が予定を伝えていない時でも、彼は帰宅時間を知っていた。
「地図に出るから」と笑ったが、共有画面には現在地しか表示されないはずだった。
午前二時、隣で眠る知章の端末が光った。通知には〈杏子が安全圏を出ました〉とある。私はベッドにいる。画面を開くと、地図には色の違う円が六つあり、それぞれ友人の自宅や以前の職場に重なっていた。円を越えると彼へ警告が届く設定だった。
履歴には、私が人と会う十分前から知章が移動を始めた記録も残っている。
朝、問い詰めると、彼は怒らず私の額に触れた。
「危ない人から守ってきたんだよ」
彼が危ないと決めた人は、私に転職を勧めた先輩、結婚を急ぐなと言った友人、母だった。みんな私の方から距離を置いたと思っていた。
思い返せば、友人と口論した夜には必ず知章から長い電話が来た。母を着信拒否にした時は、彼がケーキを買って祝ってくれた。私は自分で選んだつもりだったが、その前には必ず「杏子を傷つける人と無理に付き合わなくていい」という彼の言葉があった。選択肢は二つあるようで、片方にだけ罪悪感が置かれていた。
知章はアプリを消し、「これで不安にならないね」と言った。
けれど削除後も、鞄の内ポケットから小さな発信器が鳴った。
私が誰かに会うたび、彼の偶然は十分前から出発していた。