午前二時の引継ぎ

午前二時。データセンターの交代時刻まで十分だった。柴崎剛志は監視卓の前で、福岡支社へ持っていく私物を黒い箱へ詰めていた。

大森佳苗が二重扉を抜け、夜勤の引継ぎに入ってきた。ここでは私物の携帯を持ち込めない。会話も、監視カメラの下で必要なことだけにするのが規則だった。告白も喧嘩も、いつも建物を出て始発を待つ二十分間に済ませてきた。

「障害なし。三番系統だけ朝に再起動」

「了解」

剛志はロッカーの小さな鍵と、銀色のUSBを机へ置いた。USBには、二人が夜勤明けに聴いた曲が入っている。佳苗が眠らないよう選び、剛志が曲順を整えた。最初の曲は必ず四分三十秒。サーバーの定時確認と同じ長さで、曲が終わるまで互いに眠らないという、二人だけのくだらない規則だった。

「それも置いていくの」

「君の曲のほうが多い」

「福岡で聴けばいいのに」

一週間前、剛志は社内チャットで〈向こうの部屋、二人で住めないか〉と送った。間取り図を添付し、朝まで返事を待った。表示は〈セキュリティ処理済み〉のまま。佳苗からは何もなかった。

「返信くらい、してほしかった」

「何に?」

「もういい」

佳苗の眉が動いた。だが二時七分、警告音が鳴り、彼女は監視画面へ向き直る。障害ではなく、定時の証明書更新だった。

剛志の入館権限は二時十分で切れる。

「柴崎さん、私に何を送ったの」

「見てないなら、それが答えだ」

彼は社員証を読み取り機へかざし、内側の扉を出た。厚いガラスの向こうで佳苗が何か叫んだが、音は届かない。

私物ロッカーで携帯を戻すと、情報管理室から通知が来ていた。

〈一週間前の送信データを誤検知により隔離しました。添付図面に機密設備図が重なっていたため、本文を含め宛先へ未配信です〉

時刻は二時九分。あと一分だけ、権限が残っている。

剛志は個人のメッセージを開き、同じ一文を今度は図面なしで送った。ガラスの向こうの佳苗には、朝六時まで携帯を見られない。

二時十分、社員証が赤く光った。剛志はロッカーの鍵を返却口へ落とし、返事の来ない四時間を連れて始発駅へ向かった。