午前零時の保温ボタン
就労支援寮の台所には、夕食を逃した者のための保温ジャーがある。だが電気代を抑えるため、午前零時には必ず切る決まりだった。
岡庭新太は、その日の当番だった。寄付でもらった鶏肉を煮込み、一人で十二食分のシチューを作った。本来は比企珠季と二人の当番だったが、珠季は三日前、面接に落ちたまま寮へ戻らず、連絡も途切れていた。
「十一食でいいだろ」
誰もいない台所で、新太は口にした。それでも鍋から十二杯分をよそった。最後の一杯は少し具が少なく、代わりにじゃがいもを半分追加した。
十一時五十分、住人たちの食器はすべて洗い終わった。新太はジャーの電源へ手を伸ばした。玄関は鳴らない。
珠季とは、同じ工場を一週間で辞めた仲だった。新太は班長に怒鳴られた夜に逃げ、珠季は翌朝まで残って彼の作業分を片づけた。その後、珠季は「先に逃げた人は楽でいい」と言った。二人とも謝っていない。
五十九分になり、新太は保温を切った。決まりだからだ。だが冷めないよう、十二杯目を鍋へ戻し、弱火にかけた。ガス代は自分の小遣いから出すつもりだった。
零時七分、勝手口が開いた。珠季は濡れた髪で立ち、手にはコンビニの求人誌を握っていた。
「まだ、ある?」
「具は少ない」
「十分」
新太は火を強め、珠季は黙ってパンを二枚焼いた。一枚を新太の皿へ置く。どこにいたかも、次に何をするかも話さなかった。
珠季は食べながら、求人誌の一か所だけを指で押さえていた。清掃会社の早朝勤務だった。新太は「またすぐ辞める」と言いかけ、スプーンを口へ運んだ。代わりに始発の時刻を調べ、紙の余白へ書いた。珠季も礼は言わず、明日の米を研いだ。二人の予定はまだ白紙に近いが、朝食の量だけは二人分増えた。
翌朝、新太が台所へ行くと、洗った弁当箱が二つ並んでいた。一つには昨夜の残り、もう一つには白飯が詰められている。珠季はもう面接へ出たらしい。
新太は自分の箱を鞄へ入れ、空になった保温ジャーの電源コードを、次の夜に届く位置へ戻した。