午後四時七分の梅酒
集中治療棟へ入る前に、面会者は自動販売機へ後悔を一つ入れる。面会証の裏に、時刻、場所、自分の行為を順に書く。病名や予後について書くことは禁止され、代名詞も使えない。機械が文章の部分を四角く切り抜けば入室できる。
波戸場は受付で渡された鉛筆を握った。妹が交通事故で運ばれてから三日目だった。二人は五年会っていない。両親が亡くなった家を売るとき、妹は反対し、波戸場は「住まない家に意味はない」と言った。それきりだった。
面会証に〈五年前、実家で、ひどいことを言った〉と書く。機械は〈時刻不明・行為不明〉と返した。看護師が「思い出せる範囲でいいですが、曖昧語は通りません」と静かに言った。
〈十一月三日午後四時、実家の台所で、家に意味はないと言った〉
今度は〈対象が代名詞化されています〉。波戸場は何も代名詞にしていないつもりだったが、看護師は台所の壁時計を見たまま、「家、では広すぎるのかもしれません」と言った。
彼は思い出した。妹は流し台の下から、母が漬けていた梅酒の瓶を出していた。売却前に二人で飲もうとした。波戸場は車だからと断り、瓶ごと捨てるよう言った。
書き直す。
〈十一月三日午後四時七分、実家の流し台の前で、母の梅酒を捨てろと妹に言った〉
機械が文章を四角く切り抜いた。面会証には窓のような穴が開き、向こう側の白い床が見えた。
病室で、妹は眠っていた。手に触れることはできたが、声をかけても反応はなかった。十五分後、看護師に促されて外へ出る。波戸場は面会証を返却口へ入れた。
販売機の商品口から、琥珀色の小瓶が出た。中身は一滴だけで、底に梅の種が一つ沈んでいる。種には、面会証から切り抜かれた「午後四時七分」の文字が、濡れた薄皮のように貼りついていた。
翌日の面会でも、波戸場は同じ鉛筆を渡された。新しい証の裏には何も書かず、小瓶だけを機械の脇へ置いた。病室から戻ると、梅の種は二つに割れていた。中から出た銀色の芽が「午後四時七分」の七だけを持ち上げ、瓶の口で細い時計の針になっていた。