取り忘れた一本
彼が休み始めて三日目も、私は自販機で二本買った。
自分のレモン炭酸と、彼のぶどう炭酸。
ボタンを押してから、今日もいないことを思い出した。
一本を鞄へ入れ、翌日また買う。机の横のロッカーには、飲まれない缶が三本並んだ。
彼は事故で入院していた。
命に別状はないと聞いたが、足の手術が必要で、しばらく学校へ戻れないらしい。私たちは毎日、放課後に自販機の前で話していた。付き合っているわけでも、親友と呼ぶほどでもない。ただ同じ時間に同じ飲み物を買う相手だった。
四日目、担任に呼ばれた。
「病院へ持っていくもの、クラスでまとめる。何かあるか」
私は缶を一本持っていこうとしたが、炭酸は病院で飲めるか分からない。
結局、空のノートを一冊渡した。
表紙に『自販機前の話題』と書いた。
クラスメートが順番に、学校で起きた小さなことを書いた。数学の先生がチョークを折った。購買のパンが値上がりした。猫が体育館へ入った。
私は毎日、一行だけ書いた。
『今日も二本買った』
一週間後、彼から写真が届いた。
病室の机に、ぶどう炭酸の缶が一本置かれていた。家族に買ってきてもらったらしい。
『こっちも二本目が余る』
意味が分からず聞くと、
『一人で飲むと多い』
と返ってきた。
私はロッカーの缶を一本ずつクラスメートへ配った。最後の一本だけ残した。
彼が復学したのは、冬服に変わるころだった。松葉杖で教室へ入り、みんなに囲まれた。
放課後、彼は自販機の前へ来た。
私はぶどう炭酸のボタンを押した。
彼も同時に押し、取出口へ二本落ちた。
「また二本」
彼が笑った。
「一本、取り忘れたことにしよう」
ベンチに座り、片方ずつ開けた。
炭酸の音が重なった。
「入院中、何が一番つまらなかった?」
「自販機の選択肢が少ないこと」
「もっと深い話ないの?」
「毎日来ると思ってた人が来なかったこと」
私は缶を握った。
「面会、家族だけだったから」
「知ってる」
彼は私のロッカーに残していた缶のことも知っていた。クラスメートがノートへ書いたらしい。
「次から、いない日まで買わなくていい」
「習慣だから」
「じゃあ俺も、君が休んだら買う」
それから私たちは、どちらかが休んだ日だけ、一本余分に買うことにした。
取り忘れた一本が、戻ってくる場所の印になった。