取材用の相合傘

「相合傘は、画角の都合です」

雨の港町を取材するたび、ライターの長峰小春はそう説明した。

写真家の榊原亘は、反論もせず大きな傘を一本だけ持ってきた。濡れた石畳、紫陽花の路地、雨粒を映す喫茶店の窓。小春がメモを取るあいだ、亘は傘を傾け、時々カメラを向けた。

二人が同じ傘に入るのは、機材を守るため。

肩が触れるのは、狭い路地のせい。

毎回同じ宿を取るのも、編集部の手配。

亘が小春の好きな窓際席を先に確保するのも、小春が彼のレンズを拭く布を二枚持ち歩くのも、取材を円滑にするためだと言い聞かせた。

そう言い換えているうちに、季節が一つ終わった。

連載最終日の夕方、最後の写真を撮り終える。海は鉛色で、古い倉庫の屋根から落ちる雫が、取材終了の拍手のように続いていた。編集者から《これで取材終了です》と連絡が届いた。

小春は借りていたレコーダーを鞄へしまい、自分の折り畳み傘を出した。

「もう画角を気にしなくていいね」

亘は答えず、一枚の写真を差し出した。

港のショーウインドーに、相合傘の二人が映っている。小春はメモを見て笑い、亘は彼女を見ていた。記事には使われなかった写真だ。裏面のキャプション欄だけが空白だった。

「タイトル、つけて」

小春はペンを借り、《取材中の二人》と書きかけた。けれど編集者からの完了通知を見て、その文字を消す。

代わりに《小春と亘、最初の土曜日》と書いた。

「土曜日?」

亘がスマホを見せる。翌週、港から少し離れた温泉町の列車が二席予約されていた。取材申請も、経費番号もない。

小春は自分の傘を鞄へ戻し、亘の傘の下へ近づいた。カメラを持っていない彼の空いた手を取り、指をつなぐ。

「今は誰も撮ってないよ」

「だから、自分で覚えておく」

亘は初めて「小春」と呼び、予約画面の同行者へ彼女の名前を入れた。

二人で歩き出すと、肩が触れた。今度は路地が狭いせいではない。

相合傘は画角の都合だった。

けれど取材が終わったあとも一本で歩いたことで、その距離はようやく、二人が選んだ構図になった。