古いゴルフバッグ
【午前八時五分】
皇子森明澄、会員制ゴルフクラブ〈翠嶺〉到着。
色あせたポロシャツ、補修跡のあるゴルフバッグ。送迎車なし。
【午前八時七分】
営業支配人・矢田部颯吾、受付拒否。
「一般の練習場は国道沿いです。当クラブの入会金は三千万円ですよ」
明澄は予約番号を示した。
「ジュニア育成枠のコース状態を見たいんです」
「その枠は富裕層のお子様向けです。寄付を受ける側の見学ではありません」
若いキャディが明澄のバッグを見て言った。
「この革、初代マスターズ優勝者が使った型ですね」
矢田部は彼女を黙らせ、明澄を門外へ出した。
【午前十時】
臨時会員総会開始。
クラブを買収した親会社の新社長が、運営方針を発表する予定。
【午前十時三分】
会場へ皇子森明澄入場。
皇子森家は〈翠嶺〉の土地と運営会社を所有するリゾート企業の創業家。明澄は新社長で、プロツアー経験を持つ元選手でもあった。古いバッグは、優勝者だった祖母から譲られたもの。明澄は革を自分で補修し、その費用をジュニア用クラブの購入へ回していた。祖母のサインも内側に残っていた。ジュニア育成枠を無料開放するため、現場確認に来ていた。
矢田部は弁明した。
「会員の安全を守るため、身元不明者を入れなかっただけです」
監査担当が受付記録を示す。矢田部は高額な追加会費を払う家族だけを育成枠へ入れ、無料枠の申請を握りつぶしていた。
明澄は若いキャディへ尋ねた。
「なぜバッグの型が分かったの?」
「祖母の試合映像を見て、ゴルフを始めたからです」
明澄は彼女をジュニア部門の研修コーチへスカウトした。
【午前十時十八分】
理事会、矢田部の営業支配人解任を決議。
【午前十時二十分】
ジュニア無料枠、年間百名へ拡大。
矢田部が会員カードを端末へ通す。表示は〈職員・会員権限なし〉。
明澄の古いバッグが一番ティーへ運ばれ、最初の無料参加者がクラブを握った瞬間、三千万円を払えない者へ門を閉じた男だけが、その門を通れなくなった。