同じ高さの水面
植物研究所で、絶滅種の種子を封じた小さな金属筒が消えた。保管庫の扉は開いたままだったが、警報から封鎖まで三分。室内にいた主任の神代、研究員の朽木、出資者の野々村は、その場で身体検査を受けた。筒はどこにもない。
中央机には、給水機からくんだ二つの半透明な樹脂コップがあった。どちらも底に濃い青色の装飾があり、細身の物には「神代」、口の広い物には「朽木」と油性ペンで書かれている。野々村は水を飲んでいなかった。神代には研究成果を独占する理由があり、野々村には国外へ売る力があり、朽木には契約終了が迫っていた。三人とも封鎖後はコップに触れておらず、室内の棚や排水口も空だった。
警備顧問の槙村は二つを目の高さへ上げた。
「調べるべき手掛かりは三つです」
一つ目。給水機の記録では、二回とも百五十ミリリットルずつ注がれている。
二つ目。内径の違うコップなのに、現在の水面は机からまったく同じ高さにある。口の広い朽木の方は、本来なら水面が低くなるはずだった。
三つ目。監視映像では、朽木は給水後から封鎖まで自分のコップを手放していない。その一杯は空の器と水量を差し引いても二十四グラム重く、消えた金属筒も二十四グラムだった。
三人は互いの動機を挙げたが、槙村は聞き流した。誰が怪しく見えるかではなく、同じ百五十ミリリットルが二つの器でどう見えるかだけを比べた。
朽木は眉を上げた。
「水の誤差でしょう。給水機が正確とは限らない」
「記録が誤差を否定しています」
槙村は朽木のコップへ細いピンセットを沈めた。青い底飾りの陰で、光が一度だけ鈍く返った。
「広い器へ同量の水を入れれば水面は低くなる。それが同じ高さなのは、底に物を沈め、その体積だけ水を押し上げたからです。給水量が等しいこと、水面が不自然にそろうこと、手放していない一杯の余分な重さが筒と一致すること。この三点で隠し場所と入れた人物は決まります」槙村が引き上げたピンセットには、種子筒が挟まっていた。「封鎖中、身体ではなく飲み物として持っていた。名前を書いた自分のコップなら、封鎖中でも誰も先に口を付けず、飲み物ごと持ち出せると考えたのでしょう、朽木さん。隠した物が水を押しのけた分だけ、あなたの計算は水面へ現れました」