名字のない席札

神崎蘭が消えたあと、古賀都は披露宴会場の席札を見て回った。

新婦の席には「椎名 蘭」と印刷されている。入口のウェルカムボードも、引き出物のタグも同じだった。蘭は結婚後も神崎姓で働き、法律上の姓については式のあと二人で改めて考える、と新郎と話していたはずだ。

朝になって、新郎の両親が「親族に説明しづらいから」と全部差し替えた。新郎は知っていたが、今日だけだと黙っていた。

都は、自分の姓に執着がなかった。離婚したときも旧姓へ戻さず、元夫の姓を使い続けている。手続きが少なく、仕事にも都合がよかった。蘭が一枚の札を見て逃げたことを、少し大げさだと思う自分もいる。

それでも、控室の机で蘭が「私の名前が一つもない」と言ったとき、都は反論しなかった。

まず、荷物を確認した。スマートフォン、財布、家の鍵。婚姻届は新郎が持っている。都は会場責任者に、本人の署名なしで提出されないよう原本の返却を求めた。証人欄まで書かれた紙を受け取ると、封筒へ入れ、蘭に渡した。

「席札、回収していい?」

蘭が聞いた。

「会場の備品じゃないなら」

二人は会場へ戻った。客は別室へ案内され、長いテーブルだけが残っていた。蘭は自分の席から、都は親族席から、間違った姓の札を集めた。金色の縁がある厚い紙は、百枚近くあった。

都には、名前が人生そのものだとは思えない。蘭には、名前を勝手に替えることが小さな嘘では済まない。その溝は埋まらなかった。

回収した札を紙袋へ入れ、ホテル一階のビジネスコーナーへ運ぶ。シュレッダーは一度に五枚までだった。蘭が三枚、都が二枚を差し込む。機械が低く唸り、「椎名 蘭」の文字を細く切った。

最後の一枚だけ、蘭は残した。裏面にペンで「神崎蘭」と書く。都も自分の札の裏へ、今使っている姓をそのまま書いた。

二人は互いの選択を褒めなかった。ただ、書いた文字が乾くまで、同じ机に札を並べて待った。

乾いた二枚をそれぞれの鞄へしまい、婚姻届の入った封筒を蘭が持つ。都は紙くずの重い袋を持った。

出口では、どちらの名字も呼ばれなかった。